毛沢東バッジ

毛沢東バッジ

毛沢東バッジ（ चेयरमैन・マオ・バッジ、毛主席像章とも）は、中華人民共和国において1966年から1971年にかけて爆発的に普及したバッジです。主に当時の国家指導者である毛沢東の肖像がデザインされていましたが、肖像以外のものも存在しました。文化大革命という歴史的な激動期に、その生産数は数十億個、種類は１万種に達したと推測されており、単なる装飾品を超えた、当時の社会や人々の心理を映し出す象徴的なアイテムと言えます。

形状と材質

一般的な毛沢東バッジの大きさは直径1センチから3センチ程度のものが多く見られますが、大型のものも存在しました。使用された材質は多岐にわたり、陶器、金属（アルミニウムや銀）、竹、プラスチック、ビニールなど様々でした。これは、全国各地の様々な組織が制作に携わったことや、物資の状況によって利用できる素材が異なったことを反映しています。

制作の歴史

毛沢東バッジの歴史は、文化大革命が始まる以前にまで遡ります。

文革以前

最も古い毛沢東バッジは、1937年に東北抗日聯軍によって作られたと考えられています。1940年代から1950年代にかけては、毛沢東の同志や抗日戦争の英雄を記念するための品として、あるいは朝鮮戦争に従軍した義勇兵や公共事業に協力した農民・労働者など、特定の業績を挙げた人々への功労賞として授与されるのが主でした。この時期に生産されたバッジは種類も数も少なく、限られた人々のための特別な品でした。

文化大革命期

文革前期（1966年～1969年）

1966年5月に文化大革命が始まると、毛沢東バッジの持つ意味合いは大きく変化し、その重要性が飛躍的に高まります。同年5月、毛沢東が紅衛兵の代表にバッジを授与した出来事は、バッジが革命への参加や毛沢東への忠誠を示すシンボルとなる決定的なきっかけとなりました。さらに、同年9月5日に中国共産党中央と国務院から発布された「大串連」という通知により、全国各地の学生が革命経験を交流するために北京を訪れ、また北京の学生が各地を訪れて革命を宣伝することが奨励されました。この「大串連」によって、毛沢東バッジを身に付けた紅衛兵が中国全土を行き交い、バッジの存在は広く知れ渡り、その生産に拍車がかかりました。

当時のバッジを巡るエピソードも多く残されています。例えば、中国東北部を訪れたある紅衛兵は、農村の少年から手作りの漢方薬とバッジの交換を頼まれ、自分や仲間のバッジを集めて贈ったといいます。また、特定の地域のバッジを入手することが、その土地を訪問したことと同等に見なされることもありました。ある紅衛兵は毛沢東の故郷である韶山市への旅費が足りず、代わりに長沙市で韶山市製のバッジを購入し、故郷訪問の代替としたとされています。

紅衛兵たちがバッジを身に付けたのは、自身の革命への熱意や毛沢東への揺るぎない忠誠心を示すためでした。特に大型で精巧なバッジは高い社会的信用をもたらしたため、人々はこぞってバッジを手に入れようとしました。しかし、すべての装着者が純粋な忠誠心を持っていたわけではありません。アメリカの政治学者ロバート・ベネウィック氏やオーストラリアのステファニー・ドナルド氏らの研究によると、文革期においては、バッジを身に付けていないことが毛沢東への忠誠心を疑われる要因となり、迫害や命の危険につながる可能性さえあったため、多くの一般民衆にとってバッジは文字通り、困難な時代を生き抜くための必需品でもあったと指摘されています。

文革前期には、コレクターである周继厚氏によれば、中国全土で2万もの組織がバッジを製造していたとされ、特に紅衛兵の間では毛沢東への忠誠を競い合うかのように大量生産が行われました。1967年春頃から1968年にかけては、バッジのデザインがより複雑化し、サイズも大きくなる傾向が見られました。「毛主席去安源」のような他の芸術作品の影響を受けたデザインが登場したり、宣伝ポスターにバッジを身に付けた人物が描かれるようになるなど、視覚的なプロパガンダとしての役割も担うようになります。

当初は各地の組織が比較的自由にバッジを生産していましたが、やがて中央政府もバッジに記されたスローガンや使用される材質に対するチェックを行うようになります。特に、工業生産にとって重要な資源であるアルミニウムは、毛沢東自身の指示によりバッジへの使用が禁止されました。こうした規制や、過剰生産による問題なども背景に、1969年以降はバッジ全体の生産数は減少へと向かいます。

また、大都市を中心にバッジが金銭で取引されるケースが増加したため、政府は人民の間に資本主義的な行動が広まることを警戒し、こうした行為に対する取り締まりを強化しました。

文革中期～後期（1970年～1976年）

毛沢東の個人崇拝を強く推進した林彪が1971年に失脚すると、バッジの生産はほとんど行われなくなり、街中でバッジを身に着けている人も次第に姿を消しました。そして、1976年に毛沢東が死去した後、中央政府によって多くのバッジが回収されました。

文革以後

文化大革命の終結後も、毛沢東バッジは特別な存在であり続けています。現在、中国国内だけでなく海外にも、バッジの熱心なコレクターが多数存在します。収集の動機は、投機目的、毛沢東への個人的な信奉、あるいは文化大革命という歴史的な遺産に対する関心など、多様です。取引市場では、精巧な偽物が出回るほどの根強い人気があり、毛沢東バッジが今なお多くの人々の関心を引きつけていることを示しています。

毛沢東バッジは、特定の時代における中国社会の特異な状況、権力の象徴、そしてそこで生きた人々の複雑な心理や行動を理解する上で、貴重な手がかりを与えてくれる歴史的遺物と言えるでしょう。

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