水谷啓二

水谷啓二は、1912年に熊本県八代市で生まれました。教師の両親のもと、四人兄弟の長男として育ちました。旧制第五高等学校時代には神経症に悩まされ、一年留年した経験を持ちます。その頃、上京した際に森田正馬の著書『神経衰弱と強迫観念の根治法』に出会い、感銘を受けました。森田正馬を訪ねますが、まずは五高を卒業するように諭されます。

一年後、父親の反対を押し切って上京し、森田正馬から「東大に合格したら置いてやろう」という言葉を受け、奮起して東京大学経済学部に進学しました。大学在学中には、6年にわたり森田の自宅で森田療法を受けながら、その理論を深く学びました。また、慈恵医大での森田の精神医学講義も聴講し、森田正馬とは彼の死まで親交を深めました。

1935年に大学を卒業後、同盟通信社に入社し記者として活躍します。1938年には森田正馬が死去。1940年には加志子と結婚し、1942年には上海支局勤務中に長男が誕生しました。1943年には、上海で軍隊に召集され、戦地を転々としました。その間、妻は次女を身籠り、長男とともに帰国し、次女は熊本で生まれています。終戦後、復員し共同通信社に入社、東京で家族と再会しました。長男は熊本の両親に預けたままにしました。共同通信社では記者、経済部長、論説委員を歴任し、定年まで勤務しました。

水谷は、森田療法普及のため、1956年に「啓心会」を発足させました。啓心会は、彼の自宅で隔月に開かれる例会を中心とした活動でした。また、1957年には森田療法の啓発を目的とした機関誌『生活の発見』を創刊し、これは水谷の死後も「生活の発見会」の機関誌として継続されています。1959年には、自らも森田療法を実践する場として、自宅に寮形式の施設「啓心寮」を開設しました。啓心寮は、水谷の死後も妻によって10年以上続けられました。

1970年3月14日、水谷は脳出血で倒れ、6日間の昏睡の後、58歳でこの世を去りました。彼の死後、啓心会と啓心寮の活動は事実上終了しましたが、彼の薫陶を受けた人々によって森田療法の普及啓発は続けられています。

水谷啓二は、自身の神経症の経験から森田療法に出会い、その普及に生涯を捧げました。彼の活動は、多くの人々に森田療法の理解を深め、実践へと導く上で大きな役割を果たしました。著作には、自身の生活を綴った『草土記―額縁商の生活記録』や、森田療法の理念を解説した『あるがままに生きる―しあわせはあたり前の生活の中に』があります。

彼の功績は、岸見勇美による伝記『ノイローゼをねじふせた男―森田療法の伝道者 水谷啓二の生涯』や、水谷啓二追想録編集委員会編纂の『あるがままに導かれて―森田療法の伝道者 水谷啓二と共に』にも詳しくまとめられています。

水谷啓二の生涯は、森田療法の普及とともに、自身の経験を通して「あるがままに生きる」という大切なメッセージを伝えたものでした。

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