池ノ上容

池ノ上容（いけのうえひろし）

1910年（明治43年）12月7日に鹿児島県で生まれ、台湾で育った池ノ上容は、日本の自然公園行政と造園学の分野における重要な人物です。2003年（平成15年）4月18日にその生涯を終えるまで、国立公園の発展と自然環境の保全・利用に多大な貢献をしました。

初期キャリアと国立公園創設期

旧制台北高等学校を経て、1933年（昭和8年）に東京帝国大学農学部林学科を卒業。同年、内務省の嘱託として衛生局保健課国立公園係に配属されました。当時、国立公園の指定に向けた準備が進められており、池ノ上氏はその初期段階から深く関わることになります。入省後間もなく、中部山岳地域での広範囲な現地調査に赴き、数ヶ月間にわたり北アルプスの山々を踏査しました。5万分の1地形図に記載されたすべての歩道を歩き尽くしたという逸話は、その調査の徹底ぶりを物語っています。彼の最初の主要な業務は、この中部山岳国立公園の区域設定でした。

多様な経験と行政・研究の深化

内務省時代の国立公園業務の後、1938年（昭和13年）には厚生省体力局嘱託・施設課、1939年（昭和14年）には満州の大同都市建設局技佐・土木科長を歴任。1941年（昭和16年）には官幣大社台湾神宮御造営奉賛会の技師を務めるなど、国内外で多様な経験を積みました。1943年から1946年にかけては軍隊に召集され、終戦後の1947年（昭和22年）には東京帝国大学付属演習林の嘱託・非常勤講師として教育にも携わりました。

1948年（昭和23年）、創設された厚生省国立公園部公衆保健局国立公園部管理課に勤務。この時期には、アメリカ国立公園局から招かれた顧問チャールズ・リッチー氏と共に国内を視察しました。この経験と、1950年のアメリカ国立公園視察派遣を通じて得た知見は、日本の自然公園に対する彼の考え方を確固たるものとし、その後の行政手腕に大きく影響を与えました。自然の保護と利用の調和という、現在の自然公園行政の根幹をなす考え方は、池ノ上氏の経験と知識に深く根ざしています。

国民休暇村の創設

1959年（昭和34年）に厚生省大臣官房国立公園部計画課長に就任しましたが、自然公園における施設整備の遅れを問題視し、その改善策として「国民休暇村」構想を提唱しました。そして、この事業を推進するため、1962年（昭和37年）に厚生省を辞職し、財団法人国民休暇村協会を設立して常務理事に就任しました。金融機関からの借入に苦労しながらも事業を牽引し、現在全国に展開し年間400万人を超える利用者を迎える「休暇村」の礎を築きました。これは、自然公園をより多くの人々が気軽に利用できる場とするための画期的な取り組みでした。

学術・教育分野での貢献

1967年（昭和42年）、自然公園制度に関する長年の研究が認められ、九州大学より農学博士の学位を取得しました。同年、千葉大学園芸学部の教授に就任。造園学科の造園学原論、造園史、風景計画論研究室において、初代教授の後任として第2代の教授を務めました。国民休暇村事業が軌道に乗るまで、協会の常務理事を兼務しながら教鞭を執りました。大学では国際的な視野からの教育を重視し、後に多くの留学生を受け入れる研究室の基盤を築きました。また、国際自然保護連合（IUCN）の委員としても活動し、東京農工大学でも教鞭を執るなど、教育・研究分野でも大きな足跡を残しました。

要職歴任と後進指導

千葉大学を停年退官後も、池ノ上氏は自然環境分野で精力的に活動を続けました。1971年（昭和46年）には社団法人日本造園学会会長を務め、1974年（昭和49年）には千葉大学評議員も務めました。退官後には、財団法人海中公園センター理事長（1977年）、財団法人国立公園協会副会長兼理事長（1980年）、社団法人日本造園学会名誉会員（1982年）、財団法人国立公園協会会長（1989年）、そして名誉会長（1993年）など、数多くの公益法人で要職や名誉職を歴任しました。これらの活動を通じて、自然公園の保全管理、利用促進、そして後進の指導に献身的に取り組み続けました。

受賞歴と研究

その功績に対し、池ノ上氏には様々な栄誉が贈られました。1968年（昭和43年）に社団法人日本造園学会賞、1981年（昭和56年）には勲三等旭日中綬章、1991年（平成3年）には環境保全功労賞（環境庁長官賞）、そして1992年（平成4年）には社団法人日本造園学会上原敬二賞を受賞しています。

特に、地域制自然公園の特異性に関する研究を晩年まで続けました。1996年に『国立公園』誌に寄稿された「地域制国立公園制度の検証(前編)」が絶筆となりました。

池ノ上氏は、物静かで落ち着いた性格で、パイプを嗜み、洗練された服装から英国紳士のような雰囲気を纏っていたと言われています。国立公園創設期から生涯をかけて自然公園行政、教育、研究、社会活動に貢献し、その功績は現代日本の自然保護と利用のあり方に深く影響を与えています。

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