洗礼者ヨハネの首を持つサロメ (カラヴァッジョ、マドリード)

カラヴァッジョ『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』：美と残虐性の交錯

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョによって描かれた『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』は、17世紀のバロック美術を代表する作品の一つです。制作年は1606-1607年、または1609-1610年とされています。スペイン領時代のナポリ総督ガルシア・デ・アベリャネダ・イ・アロのコレクションを経て、現在はマドリードの王室コレクション美術館に所蔵されています。

制作年をめぐる議論

制作年については、美術史家の間で意見が分かれています。カラヴァッジョと同時代の美術理論家ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリは、カラヴァッジョがマルタ騎士団長の怒りを鎮めるために、ヨハネの首を持つサロメを描いたと記述しています。この記述が本作を指すのか、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の同主題の作品を指すのかは断定できません。しかし、多くの研究者は、様式的な特徴から本作が1609-1610年に制作されたと考えています。一方、王室コレクション美術館とナショナル・ギャラリーは、カラヴァッジョがナポリに最初に滞在した1606-1607年の作としています。

物語の背景

この絵画の主題は、『新約聖書』に登場するサロメの物語に由来します。ヘロデ王は、義理の娘であるサロメの舞に喜び、褒美として何でも望むものを与えようと約束します。サロメは母ヘロディアの唆しにより、洗礼者ヨハネの首を所望します。ヨハネは、ヘロデ王が弟の妻ヘロディアと結婚したことを批判したために投獄されていました。ヘロデ王はヨハネを殺したくありませんでしたが、約束を守るためにヨハネの首を斬らせます。

作品の詳細

カラヴァッジョは、この物語を独自の解釈で描き出しています。美しい赤色の衣服を身に着けたサロメは、銀の皿に載せられたヨハネの首を持っています。右側の処刑人は、首をサロメに差し出したばかりで、背後の老婆は厳しい表情で見つめています。サロメとヨハネの首の対比は、美と残虐性、生と死といったテーマを際立たせています。

画面に描かれた人物たちの心理描写も注目すべき点です。サロメは聖書に描かれる少女ではなく、カラヴァッジョと同時代の衣装を身に着けた中年女性として描かれています。処刑人は剣を握っていますが、その表情には怒りではなく同情が表れています。老婆もまた、同情を示しているようです。闇に浮かぶ３人は瞑想に支配されているように見えます。

処刑人の顔は、カラヴァッジョが以前に描いた『羊飼いの礼拝』の羊飼いに似ており、自画像ではないかという説もあります。もしそうであれば、ヨハネの首を振り返る処刑人の姿は、自らの行いを悔いているカラヴァッジョ自身の姿を反映しているのかもしれません。処刑人の憂鬱な表情や作品全体の静謐な雰囲気は、カラヴァッジョがシチリア時代に描いた作品群に通じるものがあります。

しかし、画面を覆う闇は深く、人物たちを蝕んでいるかのようです。この闇は、カラヴァッジョ晩年の様式的な特徴であり、彼の内面の苦悩を象徴しているとも解釈できます。最近の修復によって、サロメの胸を覆う黄色いヴェールや処刑人の剣などの細部がより鮮明になり、作品の魅力がさらに増しています。

『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』は、カラヴァッジョの才能と苦悩が凝縮された傑作です。この作品を通して、カラヴァッジョの芸術と人生に触れてみてはいかがでしょうか。

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