洗礼者聖ヨハネの斬首 (カラヴァッジョ)

『洗礼者聖ヨハネの斬首』は、イタリアのバロック期を代表する画家、カラヴァッジョによる油彩画であり、洗礼者ヨハネの処刑という衝撃的な場面を描いています。この作品は、マルタのバレッタにある聖ヨハネ大聖堂の礼拝堂に所蔵されており、その巨大なサイズと劇的な表現から、西洋絵画の中でも非常に重要な作品の一つとして広く認識されています。

アンドレア・ポメラは、この作品を「カラヴァッジョの傑作であり、西洋絵画における最も重要な作品の一つ」と評価しています。また、ジョナサン・ジョーンズは、この作品が死と人間の残酷さを露わにしている点を強調し、その大きさと影が観る者を畏怖させ、魅了すると述べています。彼は、この作品を史上最高の芸術作品の一つとして称賛しています。

構図

この作品は、縦3.7メートル、横5.2メートルという巨大なカンヴァスに油彩で描かれています。バロック美術の特徴であるキアロスクーロ（明暗対比）が用いられ、鮮やかな赤と暖かい黄色が印象的です。画面中央には、処刑される洗礼者ヨハネが描かれ、その傍らには、ヨハネの首を受け取ろうとする召使いの少女が金色の大皿を持って立っています。また、刑務官が指示を出し、死刑執行人が短剣を抜いて処刑を行おうとする様子が描かれています。画面左側には、ヘロデヤと思われる女性、または処刑の間違いに気付いた傍観者の女性が、ショックを受けて立ちすくんでいます。

この場面は、聖書に直接的な記述はなく、黄金伝説に由来する物語に基づいて描かれています。カラヴァッジョは、この作品に自身の署名を血の中に描き込んでいます。これは、彼の作品の中で唯一の署名であり、大きな特徴です。また、画面の大部分は何も描かれていない空間ですが、人物はほぼ等身大で描かれており、その迫力を際立たせています。

カラヴァッジョは、マルタ騎士団の刑務所にいた自身の記憶から、この作品の背景を描いたとされています。後期の彼の作品の特徴として、小道具は最小限に抑えられ、その細部表現も簡素化されています。

歴史

この作品は、マルタ騎士団からの依頼で祭壇画として制作され、1608年にマルタで完成しました。カラヴァッジョが手掛けた祭壇画の中では最大であり、現在も聖ヨハネ大聖堂に飾られています。彼は一時的にマルタ騎士団に入団し、騎士として奉仕しましたが、その期間は短く、様々な問題を引き起こしました。記録されていない犯罪で投獄された後、脱獄し、逃亡者として過ごすことになりました。入団から約6ヶ月後には、教団から「穢れた、腐敗した団員」として追放されました。この作品は、彼が追放された後、彼の不在中に執り行われた式典で使われました。

カラヴァッジョは、この出来事の後の瞬間を描いた作品も複数制作しており、そのうちの一つはロンドンのナショナル・ギャラリーに、もう一つはマドリードの王宮に所蔵されています。これら2つの作品のうち、どちらかがカラヴァッジョを追放した騎士団長を宥めるために送られたものだとされていますが、確証はありません。

『洗礼者聖ヨハネの斬首』は、過去に大きな損傷を受けていますが、1950年代に修復が行われ、大きな注目を集めました。修復中に、ヨハネの血の中に描かれたカラヴァッジョの署名が明らかになり、現代の鑑賞者に見えるようになりました。この署名は、カラヴァッジョが何らかの犯罪を告白したものではないかとする説がありますが、確証はありません。作品には「f. Michelang.o」と署名されており、「f」は教団内での画家の兄弟愛を示しているとされています。しかし、カラヴァッジョがローマから逃亡する原因となったラヌッチオ・トマッソーニの死に関連する何かを告白したという説も有力です。

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