浦野理一
日本の染織研究家、そしてプロデューサーとして知られる浦野理一（1901-1991年）は、飛鳥時代から江戸末期に至るまでの膨大な染織物を収集し、その研究に生涯を捧げました。収集された数万点に及ぶコレクションは、比類なき規模と質を誇ったと言われています。これらの研究成果は、彼自身の作品制作や数多くの著作に深く反映されました。
浦野理一は1901年4月22日、群馬県高崎市に生を受けました。幼い頃から美への関心が高く、特にきものに魅せられていたといいます。東京の錦城商業学校を卒業後、1918年に日本橋の白木屋呉服部に入社。ここで彼は、染織研究のために古いきものや「ボロきれ」の収集に没頭し、古着屋や骨董屋を巡る日々を送りました。月給の大半を収集につぎ込むほどの情熱でした。
1933年には長野県下諏訪町で浦野繊維工業を創業。また、きものに描かれた柄の美しさに感銘を受け、喜多川歌麿や葛飾北斎といった浮世絵の収集にも手を広げました。
彼の活動は多岐にわたり、1954年から19年間、北鎌倉の東慶寺で「帯ときものの会」と題した作品展を継続的に開催。この展示は市民や文化人、外国人から注目を集め、鎌倉の年中行事として親しまれるほどでした。これらの功績、特に民芸織物の収集と研究が評価され、1957年には第6回神奈川文化賞を受賞しています。
映画界との関わりでは、名匠・小津安二郎監督の作品に衣装を提供したことが特筆されます。1958年の小津監督初のカラー作品『彼岸花』を皮切りに、『秋日和』（1960年）、『小早川家の秋』（1961年）、『秋刀魚の味』（1962年）といった晩年の代表作で、浦野氏のきものが用いられました。クレジットには当初「衣装考撰 浦野繊維染織研究部」、後に「衣装考撰 浦野染織研究所」と記されています。浦野氏自身は、小津監督の母親との縁を通じて知り合ったと語っています。
出版界においても、1959年に刊行された『幸田文全集』の装本に浦野氏の手織木綿が採用されました。この布地は、茶と薄鼠の組み合わせによる子持ち格子柄で、「幸田格子」と名付けられ、出版界でその芸術性が高く評価されました。
1962年には、研究と制作の拠点として北鎌倉に浦野染織研究所を設立。また、1963年から亡くなる1991年まで、雑誌『ミセス』誌上で長期にわたりきものに関する連載を担当し、その作品と美意識を広く紹介しました。
浦野氏は1991年にこの世を去り、菩提寺は活動の拠点の一つであった東慶寺となりました。息子の範雄氏には、「国産の繭が作られなくなったら、糸も駄目になるから廃業しなさい」という言葉を残したといいます。彼のコレクションや資料は範雄氏に引き継がれましたが、真綿から紡ぎ出す節のある独自の糸「瓢箪糸」の入手が困難になったため、工房は閉鎖されました。しかし、その膨大な資料や一部のコレクションは銀座のきもの店「灯屋2」に受け継がれ、現在もその研究や紹介が続けられています。
浦野氏の作品は、紬、友禅、紅型など多岐にわたります。特に、節のある糸を使って織り上げた「経節紬（たてふしつむぎ）」は彼の代名詞となりました。紬は長野県下諏訪の工房で、染めは北鎌倉の自宅兼工房で抱える職人によって生み出されました。小津映画や雑誌『ミセス』を通してその作品が広く知られるようになると、無地の経節紬に縮緬の友禅を組み合わせるなど、従来の枠にとらわれないモダンなコーディネートが人気を呼び、コピー商品が出回るほどの影響力がありました。
彼のきものは、大佛次郎、里見弴、前田青邨、小倉遊亀といった鎌倉を拠点とする文化人やその夫人に愛用され、「文人好み」と評されました。
多数の著作も残しており、染織に関する深い知識と研究成果を後世に伝えています。
2020年には、浦野氏の希少な布地を現代の作り手が継承し、新たなきものや帯に仕立て直して展示・販売する「継ぎ裂」展が開催され、その功績と作品は今なお多くの人々を魅了し続けています。
主な著作
浦野理一『日本のきもの 浦野理一染織抄』（1966年）
浦野理一 編『名物裂』（1969年）
浦野理一『時代裂縞百撰』（1971年）
浦野理一『万華譜 浦野理一染織抄』（1971年）
浦野理一 編『唐桟』（1972年）
浦野理一染織・解説『唐草』（1972年）
浦野理一『日本染織総華』全10巻（1972年-1975年）
浦野理一『黄八丈』（1975年）
浦野理一『染繍小袖』（1975年）
浦野理一『名物裂宝覧』（1976年）
浦野理一『江戸庶民の染織』（1977年）
浦野理一『紅毛渡り江戸更紗』（1977年）
浦野理一『現代日本のきもの』（1978年）
浦野理一『千代紙友禅』（1979年）
浦野理一『茶器名物寫集』（1992年）
監修
文化服装学院出版局 編『ミセス全集 1 きもの通=和服篇』（1968年）
浦野範雄 編『日本の色と紋様』（1992年）
浦野範雄 編『江戸の紋様』（1992年）
* 浦野範雄 編『解説日本の色』（1992年）
浦野理一は1901年4月22日、群馬県高崎市に生を受けました。幼い頃から美への関心が高く、特にきものに魅せられていたといいます。東京の錦城商業学校を卒業後、1918年に日本橋の白木屋呉服部に入社。ここで彼は、染織研究のために古いきものや「ボロきれ」の収集に没頭し、古着屋や骨董屋を巡る日々を送りました。月給の大半を収集につぎ込むほどの情熱でした。
1933年には長野県下諏訪町で浦野繊維工業を創業。また、きものに描かれた柄の美しさに感銘を受け、喜多川歌麿や葛飾北斎といった浮世絵の収集にも手を広げました。
彼の活動は多岐にわたり、1954年から19年間、北鎌倉の東慶寺で「帯ときものの会」と題した作品展を継続的に開催。この展示は市民や文化人、外国人から注目を集め、鎌倉の年中行事として親しまれるほどでした。これらの功績、特に民芸織物の収集と研究が評価され、1957年には第6回神奈川文化賞を受賞しています。
映画界との関わりでは、名匠・小津安二郎監督の作品に衣装を提供したことが特筆されます。1958年の小津監督初のカラー作品『彼岸花』を皮切りに、『秋日和』（1960年）、『小早川家の秋』（1961年）、『秋刀魚の味』（1962年）といった晩年の代表作で、浦野氏のきものが用いられました。クレジットには当初「衣装考撰 浦野繊維染織研究部」、後に「衣装考撰 浦野染織研究所」と記されています。浦野氏自身は、小津監督の母親との縁を通じて知り合ったと語っています。
出版界においても、1959年に刊行された『幸田文全集』の装本に浦野氏の手織木綿が採用されました。この布地は、茶と薄鼠の組み合わせによる子持ち格子柄で、「幸田格子」と名付けられ、出版界でその芸術性が高く評価されました。
1962年には、研究と制作の拠点として北鎌倉に浦野染織研究所を設立。また、1963年から亡くなる1991年まで、雑誌『ミセス』誌上で長期にわたりきものに関する連載を担当し、その作品と美意識を広く紹介しました。
浦野氏は1991年にこの世を去り、菩提寺は活動の拠点の一つであった東慶寺となりました。息子の範雄氏には、「国産の繭が作られなくなったら、糸も駄目になるから廃業しなさい」という言葉を残したといいます。彼のコレクションや資料は範雄氏に引き継がれましたが、真綿から紡ぎ出す節のある独自の糸「瓢箪糸」の入手が困難になったため、工房は閉鎖されました。しかし、その膨大な資料や一部のコレクションは銀座のきもの店「灯屋2」に受け継がれ、現在もその研究や紹介が続けられています。
浦野氏の作品は、紬、友禅、紅型など多岐にわたります。特に、節のある糸を使って織り上げた「経節紬（たてふしつむぎ）」は彼の代名詞となりました。紬は長野県下諏訪の工房で、染めは北鎌倉の自宅兼工房で抱える職人によって生み出されました。小津映画や雑誌『ミセス』を通してその作品が広く知られるようになると、無地の経節紬に縮緬の友禅を組み合わせるなど、従来の枠にとらわれないモダンなコーディネートが人気を呼び、コピー商品が出回るほどの影響力がありました。
彼のきものは、大佛次郎、里見弴、前田青邨、小倉遊亀といった鎌倉を拠点とする文化人やその夫人に愛用され、「文人好み」と評されました。
多数の著作も残しており、染織に関する深い知識と研究成果を後世に伝えています。
2020年には、浦野氏の希少な布地を現代の作り手が継承し、新たなきものや帯に仕立て直して展示・販売する「継ぎ裂」展が開催され、その功績と作品は今なお多くの人々を魅了し続けています。
主な著作
浦野理一『日本のきもの 浦野理一染織抄』（1966年）
浦野理一 編『名物裂』（1969年）
浦野理一『時代裂縞百撰』（1971年）
浦野理一『万華譜 浦野理一染織抄』（1971年）
浦野理一 編『唐桟』（1972年）
浦野理一染織・解説『唐草』（1972年）
浦野理一『日本染織総華』全10巻（1972年-1975年）
浦野理一『黄八丈』（1975年）
浦野理一『染繍小袖』（1975年）
浦野理一『名物裂宝覧』（1976年）
浦野理一『江戸庶民の染織』（1977年）
浦野理一『紅毛渡り江戸更紗』（1977年）
浦野理一『現代日本のきもの』（1978年）
浦野理一『千代紙友禅』（1979年）
浦野理一『茶器名物寫集』（1992年）
監修
文化服装学院出版局 編『ミセス全集 1 きもの通=和服篇』（1968年）
浦野範雄 編『日本の色と紋様』（1992年）
浦野範雄 編『江戸の紋様』（1992年）
* 浦野範雄 編『解説日本の色』（1992年）
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。