海上公安局

海上公安局とは

海上公安局は、かつて日本の保安庁に設置が計画された法執行機関です。海上保安庁の警備救難業務を引き継ぎ、より軍事的な色彩を帯びた組織となることが想定されていました。しかし、様々な理由から実際に設置されることはなく、法制史上「幻の国家機関」として知られています。

計画に至る経緯

第二次世界大戦後、連合国軍占領下の日本では、治安維持のため警察予備隊や海上警備隊が設置されました。その後、平和条約の発効に伴い、これらの組織と海上警備救難業務を統合する形で保安庁の設置が検討されました。この際、海上における警備救難業務を担う機関として計画されたのが海上公安局です。

1952年5月には、保安庁法案と海上公安局法案が国会に提出されました。当初の計画では、海上保安庁を解体し、その業務を海上公安局に移管するとともに、海事検査部の事務や海上交通の保安に関する事務を運輸省の各局に分割することが予定されていました。

法案の概要

海上公安局法案には、重要な点が2つありました。1つ目は、海上保安庁法で否定されていた軍隊的機能に関する条項が盛り込まれなかった点です。2つ目は、非常事態において海上公安局を警備隊の統制下に入れることができると規定された点です。

また、海上公安局法では、海上保安庁の所掌事務にはなかった「海上における公共の秩序の維持」という文言が盛り込まれました。これは、漁民間の紛争や船舶内での不穏な状況に対応することを想定したものでしたが、有事の際には予備海軍的な運用も視野に入れたものだったと考えられています。

旧海軍関係者の中には、海上保安庁を予備海軍化する構想を持っており、この考えが海上公安局法に反映されたと言われています。また、警備救難業務を保安庁に取り込むことで、保安庁の軍事的印象を和らげるという意図もあったようです。

所掌事務

海上公安局の所掌事務は多岐にわたりました。主なものとしては、以下の通りです。

海上における法令違反の防止
海難事故における人命・積荷・船舶の救助
天災・事変時の人命・財産の保護
港則法の施行
海上の航路障害物・危険物の除去
船舶交通の安全確保
海上における犯罪の捜査・逮捕
海上における公共の秩序の維持

海上公安局の船舶には、任務遂行に必要な武器を装備することが許可されていました。

組織

海上公安局の長は、保安庁長官の指揮監督を受け、業務を統括することとされていました。ただし、法令違反の防止に関する事務については、関係大臣の指揮監督を受けることになっていました。

海上公安局には、職員の訓練を行うための機関として、海上公安大学校、海上公安学校、海上公安訓練所が設置される予定でした。また、地方組織として、地方海上公安局、地方海上公安部、港長事務所などが設置されることになっていました。

職員

海上公安局には、海上公安官、海上公安官補などの職員が配置されることになっていました。海上公安官は、刑事訴訟法上の特別司法警察職員として職務を行うこととされ、海上における犯罪捜査や逮捕の権限を持っていました。

海上公安官には階級が設けられ、3等保安士補以上の保安官、または3等警備士補以上の警備官の階級に相当するとされました。階級は以下の通りです。

海上公安監（中将相当）
海上公安監補（少将相当）
1等海上公安正（大佐相当）
2等海上公安正（中佐相当）
3等海上公安正（少佐相当）
1等海上公安士（大尉相当）
2等海上公安士（中尉相当）
3等海上公安士（少尉相当）
1等海上公安士補（上等兵曹相当）
2等海上公安士補（一等兵曹相当）
* 3等海上公安士補（二等兵曹相当）

国会での審議と未施行

海上保安庁の解体と海上公安局の新設構想に対しては、国会内で懐疑論や反対論が多数出されました。特に、海上保安庁の業務を分割し、軍事的な側面を強化することに対して懸念の声が上がりました。

運輸省や水産業界も、海上公安局の設置に反対しました。運輸省は、海上保安庁の移管に消極的であり、水産業界は、軍事的な組織に移管されることで、海上保安業務が軽視されることを懸念しました。

最終的に、国会では海上公安局法の施行を延期する修正が加えられ、1952年7月31日に公布されたものの、施行日は別途法律で定められることになりました。その後、保安庁が防衛庁に改組された際に、海上公安局法は施行されないまま廃止されました。

まとめ

海上公安局は、戦後の日本の再編期に計画されたものの、様々な要因により実現しなかった幻の国家機関です。その計画は、海上保安庁の軍事化や、保安庁の組織拡大を意図したものでしたが、国会や関係省庁、業界の反対によって実現には至りませんでした。しかし、その経緯は、日本の法制史において重要な出来事として記憶されています。

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