涙の出ないタマネギ

涙の出ないタマネギ：科学技術が生み出した進化

タマネギは、その独特の風味と栄養価から世界中で広く消費されていますが、調理時の涙は多くの人の悩みの種です。この涙の主な原因は、タマネギの組織を傷つけることで発生する催涙性物質、syn-プロパンチアール-S-オキシドです。近年、この催涙成分の生成メカニズム解明と遺伝子操作技術の進歩により、『涙の出ないタマネギ』が開発されました。

催涙成分生成メカニズムの解明

従来、タマネギを切断した際に、自然に催涙成分が生成されると考えられていました。しかし、2002年の研究により、この催涙成分は、酵素の作用によって生成されることが明らかになりました。具体的には、タマネギの中に含まれるアリイナーゼという酵素が、中間体である1-プロペニルスルフェン酸を生成し、さらに催涙成分合成酵素（LFS）の働きにより、この中間体が催涙性物質へと変化することが解明されました。

涙の出ないタマネギの開発

このメカニズム解明に基づき、科学者たちは涙の出ないタマネギの開発に着手しました。大きく分けて二つのアプローチが存在します。

1. 遺伝子操作による開発:

日本とニュージーランドの科学者チームは、2007年、RNA干渉技術を用いてLFS遺伝子の発現を抑制することに成功しました。この技術により、LFSの生産が抑えられ、催涙性物質の生成が減少、結果的に涙の出ないタマネギが誕生しました。しかし、この手法は遺伝子組み換え技術を利用しているため、市場への出荷には至っていません。

2. 従来の育種技術による開発:

一方、2015年には日本の科学者らが、催涙成分生成に関わるもう一つの酵素であるアリイナーゼの発現を抑制したタマネギを、従来の選抜育種という手法で開発しました。この方法は遺伝子操作を必要とせず、市場に出荷できる品種の開発に成功しました。現在、私たちがスーパーなどで購入できる涙の出ないタマネギは、主にこの方法で開発されたものです。

涙の出ないタマネギの意義

涙の出ないタマネギの開発は、単に調理の不便さを解消するだけでなく、タマネギの消費拡大や、農業における品種改良技術の進歩に貢献しています。また、この研究は酵素の働きや遺伝子操作技術の理解を深める上で重要な役割を果たしており、食品科学分野の発展に大きく寄与しています。

今後の展望

涙の出ないタマネギの開発は、科学技術の進歩によって実現した、食品における画期的な成果の一つです。今後は、さらに風味や栄養価を高めた品種開発や、より効率的な生産方法の確立が期待されます。また、同様の技術を他の作物に応用することで、農業生産の効率化や、消費者の利便性向上に繋がる可能性も秘めています。

参考文献

ハウス食品
公益社団法人日本農芸化学会
Tehran Times
NHK おはよう日本 (2013年10月2日放送)

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