渡井美代子

日本のチェス界を牽引した女性

渡井美代子氏は、1945年 1月8日生まれの日本のチェスプレーヤーです。第1期全日本女子選手権の優勝者としてその名を刻み、日本人で初めてウーマン・インターナショナル・マスター（WIM）の称号を獲得するなど、日本のチェス界において重要な役割を果たしました。また、伝説的なチェス世界チャンピオン、ボビー・フィッシャーの晩年を支えた人物としても広く知られています。

薬剤師からチェスの道へ

埼玉県出身の渡井氏は、明治薬科大学を卒業後、薬剤師として働き始めました。チェスとの出会いは学生時代の恋人の影響とされています。薬剤師の職務を続けながらチェスプレーヤーとしての活動を精力的に行い、やがてチェスの道を本格的に究めることを決意します。薬剤師の仕事を辞し、日本チェス協会の運営に携わるようになり、秘書や事務局長といった要職を歴任しながら、日本のチェスの普及と発展に貢献しました。

競技者としての功績

渡井氏の競技者としての歩みは、1969年に日本チェス協会に入会したことから始まります。1972年にはチェスオリンピックに初めて出場し、この大会で世界チャンピオンとなったボビー・フィッシャーに強い関心を抱くようになります。

その後、1975年には第1期全日本女子選手権で優勝し、初代チャンピオンの栄誉に輝きました。1980年には女子インターゾーン大会（地域別ゾーン代表による世界大会）に太平洋地区代表として出場しましたが、結果は最下位でした。しかし、この大会への出場が、後の重要なタイトル獲得へと繋がります。1983年には国際チェス連盟より国際審判員のタイトルも授与されています。

そして1994年、渡井氏は日本人として初めてWIM（ウーマン・インターナショナル・マスター）のタイトルを獲得しました。このタイトルは、1980年のインターゾーン出場時の特典規定に基づいて与えられたものであり、通常のノルムやレーティングを満たして取得するケースとは異なりますが、日本チェス界における歴史的な出来事となりました。

ボビー・フィッシャーとの深く特異な関係

渡井氏の人生は、伝説的なチェスプレーヤーであるボビー・フィッシャーとの関わりによっても語られます。1973年に日本チェス協会がフィッシャーを招いた際、渡井氏は彼の東京案内を依頼され、浅草や秋葉原などを共に巡りました。1974年には女子チェス・オリンピアードのコロンビア大会でフィッシャーと再会しています。

長年公の場から姿を消していたフィッシャーが、2000年 1月にセイコーのチェス用時計開発協力のために来日した際、渡井氏との関係が再び深まります。二人は大田区蒲田で同居生活を始めました。しかし、2004年7月にフィッシャーが日本で入国管理局に収容される事態となります。

この窮状に対し、渡井氏は同年8月、フィッシャーとの結婚を宣言しました。アメリカ政府が必要書類の提供を拒否したため、法的な婚姻は成立しませんでしたが、彼女はフィッシャーを支え続けました。同年12月、アイスランド政府が人道的見地からフィッシャーの受け入れを決定し、翌年彼はアイスランドに移住します。

渡井氏はその後もアイスランドのフィッシャーを時折訪ねる生活を続けましたが、2008年 1月17日にフィッシャーはレイキャビックで死去しました。渡井氏は彼の葬儀にも参列しています。フィッシャーの死後、約200万ドル（当時のレートで約1億6000万円）とみられる遺産を巡り、渡井氏はフィッシャーの2人の甥、そしてフィッシャーの子を自称するフィリピンの女性マリリン・ヤングを相手に法廷闘争を繰り広げました。

2011年3月3日、アイスランドの地方裁判所は渡井氏にボビー・フィッシャーの遺産相続権を認め、この長い争いは終結しました。

著書

渡井氏は、自身のチェスに関する知識を広めるために多くの書籍を執筆しています。

『図解早わかりチェス』（日東書院本社、1986年）
『最新図解チェス必勝の手筋』（日東書院本社、1997年）
『はじめてのチェス』（成美堂出版、2003年）
『いちばん勝てるチェスの本』（日東書院本社、2010年）
『チェスがわかる本』（成美堂出版、2011年）
『やさしいチェス入門』（池田書店、2011年）

渡井美代子氏は、日本のチェス普及・発展への貢献と、チェス界の伝説的人物との波乱に満ちた関係という、二つの側面で記憶されるべき存在です。

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