溝の中の月

マルセイユの港町に浮かぶ、復讐と欲望の物語『溝の中の月』

1983年、フランスで公開された映画『溝の中の月』（原題：La lune dans le caniveau）は、ジャン＝ジャック・ベネックス監督による長編第2作です。彼の前作『ディーバ』がセザール賞で4部門を受賞するなど高い評価を得た一方、本作は商業的な成功には至りませんでした。しかし、その芸術性については高い評価を得ており、現在でも多くの映画ファンを魅了する作品となっています。

本作は、アメリカ合衆国の作家デイヴィッド・グーディスの小説を原作としています。原作の舞台はフィラデルフィアですが、ベネックス監督はそれをフランス南部の港町マルセイユへと大胆に置き換えています。この変更は、物語に独特の雰囲気と色彩を与え、マルセイユの独特な光と影が、物語の陰鬱な雰囲気をさらに強調しています。

物語の中心人物は、ジェラール・ドパルデュー演じるジェラール・デルマスという貧しい青年です。彼は、妹の強姦という悲劇的な出来事から復讐の道を歩み始めます。妹の死という深い悲しみを抱えながら、犯人を捜し続ける彼の姿は、観る者の心を深く揺さぶります。

対照的に、ナスターシャ・キンスキー演じるロレッタ・チャニングは、赤いスポーツカーに乗りこなす裕福な美女です。彼女は、謎めいた魅力を持つ女性として、ジェラールの人生に深く関わっていきます。彼女との出会いは、ジェラールの人生に新たな波乱をもたらし、復讐という彼の目的を複雑なものにしていきます。

脇を固めるキャストも豪華です。ドミニク・ピノン、ビクトリア・アブリル、ヴィットリオ・メッツォジョルノなど、フランス映画界を代表する実力派俳優たちが、それぞれ個性的なキャラクターを演じ、物語に深みを与えています。

『溝の中の月』は、1983年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されましたが、受賞には至りませんでした。しかし、翌1984年のセザール賞では3部門にノミネートされ、美術賞を受賞しています。これは、本作の映像美が高く評価されたことを示しています。マルセイユの街並みを背景に、光と影の巧みな演出、そして登場人物たちの感情を繊細に表現した映像は、観客に強い印象を与えます。

『溝の中の月』は、商業的な成功とは異なる道を歩んだ作品と言えるでしょう。しかし、その芸術的な価値は高く評価され続け、多くの映画史家や批評家によって、ベネックス監督の代表作の一つとして挙げられています。復讐、欲望、そして人間の心の闇を、美しい映像と重厚な物語で描き出した、忘れがたい傑作です。音楽はガブリエル・ヤレッドが担当しています。

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