無言歌 (映画)

『無言歌』（夹边沟 / The Ditch）

2010年に製作された本作は、ドキュメンタリー映画の分野で知られる王兵監督が、初めてフィクションの長編劇映画として発表した記念すべき作品です。香港、フランス、ベルギーの合作として生まれ、同年開催された第67回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映されました。中国の歴史における暗い一面に光を当てることで、その時代に生きた人々の苦難と、決して失われることのない人間の精神を描き出しています。

物語の舞台は1960年の中華人民共和国です。当時、国中に吹き荒れていた反右派闘争の嵐は、多くの知識人や思想犯と見なされた人々から自由を奪い、彼らを過酷な労働を課せられる収容所へと送りました。本作が焦点を当てるのは、甘粛省の広大な砂漠地帯に設けられたある政治犯収容所です。ここに集められた人々は、日々の飢えと寒さ、そして重労働に耐えながら、絶望的な日々を送っていました。

その中の一人に、衰弱しきった董建義（ヤン・ハオユー）がいます。彼は自らの死期が近いことを悟り、友人である李民漢（ルウ・イエ）に一つの願いを託します。「もし自分が死んだら、どうか妻に自分の死体を持ち帰れるように手配してほしい」と。やがて董建義は息を引き取ります。収容所では、死は決して珍しい出来事ではありませんでした。

しばらくの後、夫の行方を追って、遠く上海から妻の董顧（シュー・ツェンツー）がこの僻地の収容所へとやって来ます。再会を願ってようやくたどり着いた場所で、彼女は夫が既にこの世にいないという残酷な事実を知らされます。悲しみに打ちひしがれ、その場で泣き崩れる董顧。しかし、彼女に突きつけられた現実は、夫の死だけではありませんでした。収容所では、亡くなった人々の遺体は、ろくに弔われることもなく、次々と収容所近くの砂漠に埋められていたのです。

無数の遺体が埋められた広大な砂漠の中で、夫の董建義の遺体を見つけ出すことは、ほとんど不可能に近いことでした。収容所の関係者や周囲の人々は、口々に「探しても無駄だ」「諦めるべきだ」と董顧に告げます。絶望的な状況に直面し、心は深く傷つきながらも、董顧は夫への深い愛情と、たとえ遺骨だけでも故郷へ持ち帰りたいという強い思いを胸に、決して諦めようとはしませんでした。彼女はたった一人、広大な砂漠をさまよいながら、夫の遺体を探し続けるのです。

映画は、この過酷な収容所での人々の苦悩と、夫を失った妻の孤独で果てしない探求の旅を、ドキュメンタリータッチで静かに描き出します。飢えや病に倒れる人々の姿、人間の尊厳が踏みにじられる過酷な環境、そしてそれでもなお失われない人間的な繋がりや、微かな希望を捉えようとします。董顧の姿を通して、時代に翻弄されながらも、愛する者を思う人間の強さや、過去の悲劇を風化させてはならないという監督のメッセージが静かに伝わってきます。本作は、中国の近現代史における忘れられがちな悲劇を、個々の人間の苦しみを通して生々しく観客に問いかける、重要な作品と言えるでしょう。

出演には、ルウ・イエ、リェン・レンジュン、シュー・ツェンツー、ヤン・ハオユーなどが名を連ねています。

もう一度検索