燃えるV

『燃えるV』

『燃えるV』は、漫画家・島本和彦によって生み出された異色のスポーツ漫画です。『週刊少年サンデー』（小学館）にて、1986年の6号から52号にかけて連載されました。

作品の概要と特徴

本作は形式上はテニス漫画として描かれていますが、その内容は一般的なテニス漫画とは一線を画し、ボクシング漫画を思わせる要素が強く打ち出されているのが最大の特徴です。特に物語が佳境に入るにつれて、「相手選手にボールを直接ぶつけ、戦闘不能に追い込む」といった常識外れの必殺技が試合の中心となります。作中には、まるでボクサーのような外見やプレイスタイルの選手が登場したり、過去の熱血ボクシング漫画である『リングにかけろ』を意識したかのような演出も見受けられます。試合の描写自体は、ラケットでボールを打ち合うという基本的なルールにおいては実際のテニスに則していますが、打球の破壊力や選手たちの超人的な能力は現実離れしており、作者自身も「あの漫画はテニスなどしていない」と語るほど、ジャンルの枠に収まらない破天荒な作品です。

ストーリー構成は、主人公の成長、宿命のライバルとの対決、そして恋愛模様といった、典型的なスポ根（スポーツ根性）の王道パターンを踏襲しており、この点においては他の島本作品と比べて特別異質ではありません。作者自身は現在でも本作を「失敗作」と断言していますが、その表面的な不条理さと内に秘めたスポ根的なテーマ性が同居するスタイルは、後の島本和彦が描くスポーツ漫画のプロトタイプとも評されており、現在でも独自の魅力を評価するファンは少なくありません。近年では、同様に奇想天外なテニス描写で知られる許斐剛氏の漫画『テニスの王子様』と比較され、話題に上ることもあります。

ストーリー

物語の主人公は、両親と生き別れ、さらに育ての親とも死に別れ、日々の糧を得るために助っ人稼業で糊口をしのぐ少年、狭間武偉（はざま・ぶい）。彼はまたの名を「ビクトリー狭間」と称し、「勝利のV」をその名に冠する男です。彼の唯一の目標は、「勝ち続ける男」である実の父と再会すること。そのために、彼は勝利に対して異常なほどの執着心を燃やし、あらゆる場面で勝ち続けることに自らを駆り立てます。勝ち続けることこそが、いつか父に巡り合う唯一の道であると信じており、敗北は父へと続く道が断たれることを意味するのです。

そんな彼の前に現れたのが、テニスというスポーツでした。「俺がこれほどまでに惚れ込んだスポーツだ、親父がやっていないはずがない！」という強い確信のもと、狭間はテニスに開眼させてくれた強面の男、赤十字風郎と共にテニスの道を歩み始めます。なんとテニスを始めてわずか一週間という驚異的な速さで、彼は県大会に出場することになります。そして判明したのは、彼の探し求める父が、「キングス狭間」を名乗り、ウィンブルドン制覇を目指す一流テニスプレーヤーであったという事実でした。物語は、留学生との壮絶な死闘、アメリカでの放浪生活、立ちはだかる謎の仮面の男との対決、そして遂に父との再会へと進んでいきます。凄惨な過去を乗り越え、探し求めた父をも凌駕するため、武偉は勝利を目指し猛烈に突き進むのです。

主な必殺技

作中には、その型破りな世界観を象徴する数々の必殺技が登場します。順不同でいくつか紹介します。

予告パッシング（狭間武偉）: 通常は隠して放つパッシングショットを、あえて「そこにパッシング！」と指差して予告してから放つ技。圧倒的な球速ゆえに、予告されても相手には止められないという自信の表れです。相手をかく乱する効果も持ちますが、冷静に対処する強敵には通用せず、シャーク戦で敗北を喫します。以降、指差しのモーションは相手の顔に向けられるようになります。

おじさん3番四千円（狭間武偉）: 強敵シャークの必殺技「垂直（バーチカル）ボンバー」を模倣し、さらに昇華させた技。全身のバネを最大限に活かした驚異的な跳躍から放たれる、強烈なトップスピンがかかったロブです。ボールは勢いよく上昇した後、急速に失速し、まるで垂直に落下するかのようにコートに突き刺さります。人食いサメとの死闘で驚異的なジャンプ力を得たシャークに対し、狭間は幼少期の魚市場での競りで鍛えられた足腰で対抗し、ついにこの技で本家の垂直ボンバーを破ります。

スパイダー・ガッデム（赤十字風郎）: ラケットを振り抜かずに止め、ボールの勢いをそのまま利用して跳ね返す技。赤十字の頑健な腕力から放たれるフラット（無回転）ボールは非常に重く、相手の腕をへし折るほどの破壊力を持っています。ただし、腕への負担が大きいため、連発は危険です。初登場時は、大量のボールと組み合わせることで、ボール同士が弾き合い軌道を予測不能にする複合技として描かれ、ボートを沈めるほどの威力で狭間を初めての敗北寸前に追い込みました。

迎撃ビクトリースマッシュ（狭間武偉）: アメリカで極貧生活を送る中で、空腹ゆえにラリーを続ける体力がなく、相手を一撃で倒すために編み出された必殺技。相手がスマッシュを打つより早く構え、飛んできた打球をそのままストレートに打ち返し、相手の顔面に直撃させます。その球速は肉眼では捉えきれないほどで、文字通り相手を病院送りにする恐ろしい威力です。この技は後に、謎の仮面の男「ザ・レッドクロス」に奪われてしまいます。

攻撃ビクトリースマッシュ（狭間武偉）: 迎撃ビクトリーを超える技として、カップケーキを食べながら着想を得た技。不意にネット際にドロップショットを放ち、それを受けに来た相手からの昇り球を、相手の顔面目掛けて打ち落とします。狭間はこの技によって父親をも打ち破り、乗り越えます。物語終盤、仮面の男との最終決戦では、迎撃と攻撃、二つのビクトリースマッシュの壮絶なぶつかり合いが繰り広げられました。

単行本

本作の単行本は、出版社の違いや収録内容の違いにより、3種類のバージョンが刊行されています。

少年サンデーコミックス版（小学館）: 全5巻。最初に刊行された単行本です。連載時に比べて大幅な加筆修正が施されており、雑誌掲載版とは原型をとどめていない部分も多くあります。
STコミックス版（大都社）: 全3巻。3巻の巻末には、没案となったマルチエンディングが収録されています。うち後半数ページは当時の原稿が紛失していたため、刊行に際して作者が描き下ろしています。
MF文庫版（メディアファクトリー社）: 全3巻。小学館版のような加筆修正は行われず、雑誌掲載時の内容がほぼそのまま収録されています。巻末には作者へのインタビューが掲載されています。

エピソード

『燃えるV』の連載中には、他作品とのユニークなコラボレーションも実現しています。『週刊少年サンデー』の昭和61年9号に掲載された回では、当時同誌で連載されていたゆうきまさみ氏の『究極超人あ〜る』から西園寺まりいや、藤田和日郎氏の『陸軍中野予備校』から有川雄妻といった、他作品の女性キャラクターがゲスト出演しました。これは漫画のパロディとしてはよくある形式ですが、特筆すべきは、その後『究極超人あ〜る』の「お祓いをしようの巻」で西園寺が再登場した際に、この『燃えるV』への出演について言及するという、漫画家同士の遊び心あふれるやり取りが描かれた点です。また、『究極超人あ〜る』には、島本和彦自身をモデルにした「審判・島本」というキャラクターも登場しており、このキャラクターデザインは、島本氏の別作品『炎の転校生』のOVAに登場する解説者・島本のデザインに近いものとなっています。

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