片岡市蔵 (3代目)

三代目 片岡 市蔵

幕末動乱期から明治という激動の時代にかけて、上方歌舞伎を中心に活躍した名優に、三代目片岡市蔵（さんだいめ かたおか いちぞう）がいる。嘉永4年（1851年）4月27日、現在の大阪市にあたる島の内宗右衛門町に生を受け、明治39年（1906年）12月11日にその生涯を閉じた。歌舞伎役者として舞台に立ち続け、俳名を我升（がしょう）、屋号を松島屋（まつしまや）とした。また、その親しみやすい人柄や芸風から、人々からは「片市（かたいち）」という愛称で呼ばれ、広く慕われた。

彼の家系は歌舞伎とは縁が深く、父は絵師の亀屋吉兵衛（かめや きちべえ）であったが、兄には初代三枡稲丸（しょだい ます いねまる）、そして後に九代目片岡仁左衛門（くだいめ かたおか にざえもん）を追贈される二代目片岡我當（にだいめ かたおか がとう）という名優たちがいた。歌舞伎役者を兄に持つ環境は、幼い彼にとって自然と芸の道へ進むきっかけとなったのだろう。

幼名を直次郎（なおじろう）と称した市蔵は、数え年5歳となる安政2年（1855年）春、大阪道頓堀の舞台で役者としての一歩を踏み出す。この時の名は三枡亀蔵（ます かめぞう）。『新薄雪（しんうすゆき）』という演目で、その記念すべき初舞台を飾った。

しかし、彼の芸歴は順風満帆というわけではなかった。兄である初代三枡稲丸が早世した後、市蔵は一度役者の道を離れることを決意する。歌舞伎界を一時的に退き、商人のもとで奉公するなど、一般社会での生活を経験した時期もあった。しかし、やはり舞台への情熱は断ちがたく、再び役者の道へ戻ることを志す。

歌舞伎界への復帰は、兄である二代目片岡我當の尽力があってのことだった。兄を頼った市蔵は、当時上方歌舞伎の大名跡であり、偉大な役者であった八代目片岡仁左衛門（はちだいめ かたおか にざえもん）の門を叩くことを許され、その門下生となる。八代目仁左衛門に師事することで、片岡我久三郎（かたおか がくさぶろう）という新たな名で再び舞台に立つ機会を得た。明治維新後の明治2年（1869年）頃には、名を改めて六代目片岡蝶十郎（ろくだいめ かたおか ちょうじゅうろう）として活躍。そして、明治20年（1887年）、京都の舞台において、ついに三代目片岡市蔵の名跡を襲名した。

三代目市蔵は、役者として非常に幅広い表現力を持っていた。特に、歌舞伎の重要な役どころである敵役（かたきやく）から、経験を積んだ老役（ふけやく）に至るまで、様々な年齢や立場の人物を巧みに演じ分けることができた。その演技は観客を魅了し、上方歌舞伎の舞台を彩った。

また、彼は単に優れた役者というだけではなかった。舞台上での演技力に加え、文章を綴る才能、すなわち文才も兼ね備えていたとされる。このような多才な一面は、彼の役者としての深みや表現力の豊かさにも繋がっていたのかもしれない。幕末から明治にかけての上方歌舞伎界において、三代目片岡市蔵はその確かな実力と多才さをもって、重要な存在感を示した役者であると言えるだろう。

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