物語る私たち

カナダの女優であり監督でもあるサラ・ポーリーが2012年に発表したドキュメンタリー映画『物語る私たち』（原題：Stories We Tell）は、彼女自身の出生に関わる個人的な秘密を深く掘り下げた作品である。監督自身の声で語られるこの映画は、既に亡き母ダイアンと、その死後に明らかになった家族の知られざる側面を描き出している。

ポーリー家は、母ダイアンの最初の結婚で生まれた二人の子どもと、二度目の夫である俳優マイケル・ポーリーとの間に生まれた三人の子どもたち（サラは末っ子）からなる大家族だった。活発で魅力的なダイアンは、サラがわずか11歳の時にがんでこの世を去った。その後、父マイケルは一人でサラを育て上げた。

母の死からしばらく経ったある日、父と兄弟姉妹が集まった際の冗談が、長年の謎を呼び起こすきっかけとなった。「サラだけマイケルに全く似ていないね」という他愛ない一言が、家族の間にくすぶっていた疑問を顕在化させたのだ。

家族の間では、かつて女優だったダイアンが舞台に出演するため、家族と離れてモントリオールで7週間を過ごした期間に焦点が当てられた。この時期に、共演者の一人と不倫関係があり、その結果サラが生まれたのではないか、という憶測が囁かれ始めた。さらに、サラが赤毛で生まれた際、ダイアンがそのことに不自然なほど驚いていた、という記憶も加わり、単なる冗談だったはずの話は、真剣な家族間のテーマへと変化していった。

成長したサラは、この出生に関する疑惑の真相を自らの手で確かめることを決意する。家族や両親の友人たちの間で最も有力な父親候補と目されていたのは、母がモントリオール滞在中に共演し、彼自身もまた赤毛であった一人の男性、ジェフだった。

サラはジェフに会いに行く。しかし、ジェフはサラの問いかけに対して要領を得ない反応を示し、ダイアンとの関係も否定した。だが、その態度からは何かを隠しているような、歯切れの悪い様子が窺えた。ジェフが本当に実の父なのか、あるいは他にも隠された真実があるのか、サラの探求は続く。

物語が進むにつれて、サラの父親に関する意外な事実が明らかになる。しかし、この映画の真のテーマは、単に出生の秘密を暴くことだけではない。サラ・ポーリーは、この個人的な物語を映画という形式で語り直すことを通して、自分自身や亡き母、そして家族という共同体をめぐって、様々な人々がどのように記憶し、どのように「物語」を紡ぐのか、その多層的な現実と真実に迫ろうとする。

『物語る私たち』が描くもの：父マイケル、兄弟姉妹、母の友人たち、そしてサラ自身の視点から語られる多様な記憶や証言は、一つの出来事であっても、語る人によってその形や意味合いが変化することを浮き彫りにする。この映画は、個人のアイデンティティが、単一の真実ではなく、他者との関係性や、共有され、語り継がれる「物語」の集合体によって形作られる様を描いている。ナレーション、ホームビデオ、インタビュー、そして再演シーンなどを巧みに組み合わせた映像手法も、多角的な視点を提供し、観る者に出生や家族、記憶といった普遍的なテーマについて深く考えさせる。

高い評価と受賞歴：『物語る私たち』は批評家から高い評価を受け、多数の映画賞を受賞した。2013年にはロサンゼルス、ニューヨーク、ナショナル・ボード・オブ・レビュー、トロント、ブラチスラバといった主要な映画批評家協会や国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞に輝き、カナダ監督組合賞や全米脚本家組合賞も受賞している。山形国際ドキュメンタリー映画祭でも正式招待作品となった。

この作品は、一個人の極めてプライベートな探求でありながら、普遍的な家族のあり方、記憶の曖昧さ、そして自己と他者によって語られる「物語」の力について深く洞察した傑作ドキュメンタリーと言えるだろう。

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