生成熱

物質の生成熱：安定な単体からの生成におけるエネルギー変化

物質の生成熱とは、安定な単体状態を基準として、その物質1モルを構成する単体から合成する際に発生する反応熱の負の値です。言い換えれば、安定な単体から目的の物質を生成する反応におけるエネルギー変化を表す指標です。通常、定圧下での生成熱は生成エンタルピー変化ΔHfで表され、特に標準状態（298.15 K、105 Pa）における生成熱を標準生成熱または標準生成エンタルピーΔfH°と呼びます。

気体の場合、圧力105 Paの理想気体状態を、水溶液中のイオンの場合は、無限希釈状態の1 mol kg⁻¹の理想溶液状態を基準とします。重要な点として、水溶液中のイオンの生成エンタルピーは、陽イオンと陰イオンの合計として測定され、単独イオンの測定は不可能です。そのため、水素イオンの標準生成エンタルピー変化を基準に0と設定しています。

例えば、固体ナトリウム(Na(s))、酸素ガス(O₂(g))、水素ガス(H₂(g))から固体水酸化ナトリウム(NaOH(s))を生成する反応:

Na(s) + 1/2O₂(g) + 1/2H₂(g) <=> NaOH(s)

この反応の標準生成エンタルピー変化は、ΔfH° = -425.609 kJ mol⁻¹ となります。これは、この反応が、発熱反応であり、1モルのNaOH(s)を生成する際に425.609 kJの熱を放出することを示しています。

同様に、固体ナトリウムから水溶液中のナトリウムイオン(Na⁺(aq))を生成する反応:

Na(s) <=> Na⁺(aq)

の標準生成エンタルピー変化は、ΔfH° = -240.12 kJ mol⁻¹ となります。

生成熱は状態量であるため、生成経路には依存しません。つまり、物質がどのような方法で生成されたかに関わらず、その物質と状態（固体、液体、気体、温度）によって一意に決まります。そのため、多くの物質の標準生成熱は、化学便覧などのハンドブックに一覧表として掲載されており、容易に参照できます。

複雑な化合物など、ハンドブックに掲載されていない物質の標準生成熱については、加成性則や分子軌道計算といった理論的手法を用いて推測することが可能です。加成性則は、分子の生成熱が構成原子の生成熱の和に等しいという近似的な法則です。分子軌道計算は、量子化学的手法を用いて分子の電子状態を計算し、そこから生成熱を推定する方法です。これらの計算は、高精度な計算機と専門的な知識を必要とします。

参考文献

D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).

外部リンク

NIST Chemistry WebBook（英語）--多くの物質の標準生成熱を調べることができるデータベース

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