生物多様性国家戦略

概要

生物多様性国家戦略（せいぶつたようせいこっかせんりゃく; National Biodiversity Strategy and Action Plan; NBSAP）とは、地球規模の生物多様性保全を目指す生物多様性条約の枠組みのもと、各締約国が策定を求められている国家的な計画のことです。生物多様性の保全と生物資源の持続可能な利用を実現するための、国としての総合的な方針と具体的な行動を定めています。

日本では、生物多様性基本法において政府に対しこの国家戦略を定めることが義務付けられています。その対象は、日本国内の陸域及び海域全体にわたり、単に国内の状況を分析するだけでなく、関連するアジア諸国の状況も考慮に入れています。

策定の経緯

生物多様性国家戦略の歴史は、1992年にブラジルで開催された地球サミットで生物多様性条約が採択されたことに始まります。この条約第6条では、締約国が自国の状況に応じた行動計画（Biodiversity Action Plan, BAP）を策定することが求められました。日本は1993年に条約を締結し、1995年には国内版BAPとして最初の生物多様性国家戦略（第一次）を作り上げました。この第一次戦略には、概ね5年ごとに見直しを行うという方針が盛り込まれていました。

その後、何度かの見直しが行われ、2002年には新・生物多様性国家戦略（第二次）が策定されました。この第二次戦略では、生物種の絶滅や外来種問題、里山の荒廃、湿地の減少といった課題への対応を強化すること、失われた自然環境を回復させること、そして生物資源を持続的に利用するための社会的な仕組みを整えることの三つを主要な柱としました。2007年には第三次生物多様性国家戦略が閣議決定されています。

生物多様性に関する国の取り組みを一層強化するため、2008年には生物多様性基本法が成立し、同年6月に施行されました。この法律に基づき、2010年3月には「生物多様性国家戦略2010」が、我が国の生物多様性保全策の根幹として閣議決定されました。さらに、2012年9月には、2020年までの目標を見据えた「生物多様性国家戦略2012-2020」が策定されています。

直面する危機

生物多様性国家戦略では、我が国の生物多様性が現在直面している危機を明確に定義し、これらに対処することを目標としています。主要な危機として「3つの危機」と「地球温暖化の危機」が挙げられています。

第1の危機: 人間の活動、特に乱獲や開発によって、多くの生物種が絶滅の危機に瀕したり数を減らしたりしている状況、あるいは動植物の生息地・生育地が失われつつある問題です。
第2の危機: 里山のような、これまで人が自然と関わりながら維持してきた環境において、過疎化やライフスタイルの変化により人手による手入れが行われなくなった結果、生態系が変化し、特定の動植物が生息しにくくなっている問題です。
第3の危機: 本来その地域にいなかった外来種が持ち込まれ、在来の生物を捕食したり競争したりすることで、既存の生態系バランスが崩されてしまう問題です。
地球温暖化の危機: 地球温暖化の進行が、気候変動を通じて生物の生息・生育環境を変化させ、動植物が新たな環境に適応できずに数を減らしたり、生息地を失ったりする深刻な問題です。

戦略の柱と行動計画

「生物多様性国家戦略2010」は、これら危機に対処し、生物多様性を保全・回復するための具体的な道筋を示しています。この戦略は大きく二つの部分から成り立っています。

第1部では、生物多様性がなぜ重要なのかを解説し、それを守るための4つの主要な戦略を提示しています。

1. 生物多様性を社会に浸透させる: より多くの人々が生物多様性の価値を理解し、保全に積極的に関わる社会を目指します。
2. 地域における人と自然の関係を再構築する: 地域の自然環境と人々の暮らしの調和を取り戻し、持続可能な形での自然利用を進めます。
3. 森・里・川・海のつながりを確保する: 森林、農村、河川、海洋といった異なる生態系間のつながりを保全・回復し、生命を育むネットワーク全体を守ります。
4. 地球規模の視野を持って行動する: 生物多様性の問題は国境を越えるため、国際的な連携を深め、地球全体での保全に貢献します。

第2部では、これらの4つの戦略を実現するための具体的な行動計画が詳細に記されています。ここでは、それぞれの施策について数値目標が設定されており、その進捗が測れるようになっています。第三次戦略と比較して、具体的な施策の数は約660から約720に、数値目標の数も34から35に増加しており、より詳細かつ包括的な取り組みが計画されていることがわかります。

生物多様性国家戦略は、これらの危機認識、戦略の柱、そして具体的な行動計画を通じて、日本の豊かな生物多様性を未来世代に引き継ぐための、国の包括的な指針となっています。

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