田原陶兵衛

十二代 田原 陶兵衛（たはら とうべえ）

十二代田原陶兵衛は、日本の陶芸界において、萩焼の第一人者としてその名を刻んだ人物です。1925年（大正14年）6月19日、現在の山口県長門市に生まれた彼は、代々続く陶芸の家系に育ちました。

彼の人生は、激動の昭和史と深く関わっています。旧制山口高等学校に在学中の1944年、太平洋戦争が激化する中で召集を受け、満州へと送られました。終戦後もすぐに帰国することは叶わず、シベリアに抑留されるという過酷な経験を強いられます。極寒の地での抑留生活を経て、ようやく日本への帰還が実現したのは1948年のことでした。この戦中戦後の経験は、その後の彼の人生観や作陶にも少なからず影響を与えたと考えられます。

復員後、彼は家業である萩焼の道に入り、長兄であり十一代当主であった田原陶兵衛氏に師事しました。伝統的な技法を学びながら修業を重ねる日々でしたが、1956年、兄が急逝するという事態に直面します。これにより、彼は志半ばで十二代田原陶兵衛の名跡を継ぐこととなりました。この襲名が、陶芸家としての彼の本格的な活動の出発点となります。

襲名後、彼は積極的に作品を発表していきます。1969年には、日本伝統工芸界における重要な舞台である第16回日本伝統工芸展に、代表的な作品の一つである「萩茶碗」を初出品しました。翌年には、その実力が認められ、日本工芸会の正会員となります。さらに、1981年から1988年までの長きにわたり、同会の理事を務めるなど、日本の伝統工芸の振興にも貢献しました。公的な評価も高く、1981年には山口県指定無形文化財萩焼保持者として認定され、1985年には中国文化賞を受賞するなど、その功績は広く認められました。

陶兵衛の作風は、器としての実用性（機能）と、鑑賞に堪えうる芸術性（美）という、陶器が持つ二つの側面を高いレベルで両立させることを目指した点にあります。特に、茶道具の制作に力を入れ、多くの名品を生み出しました。彼の作品の大きな特徴は、古風な趣を帯びた形状と、「陶兵衛粉引き」として知られる独特の化粧掛けにあります。また、江戸時代の優れた釉薬の再現にも情熱を注ぎ、その研究を生涯にわたって続けました。

田原家は、萩焼の中でも、赤川助左衛門を祖とする深川御用窯（深川萩）の流れを汲む名家です。江戸時代末期の1866年（慶応2年）、八代当主赤川喜代蔵の嫡男である謙治が赤川姓から田原姓に改め、これが田原陶兵衛家としての始まりとなりました。十二代陶兵衛もこの伝統を受け継ぎつつ、独自の視点から高麗朝鮮陶器の研究を深め、茶道への造詣をいっそう深めることで、茶陶制作における独自の境地を切り開きました。田原陶兵衛の名跡は、初代から代々厳かに継承されており、現在も十三代当主によってその伝統が守られています。

十二代田原陶兵衛は、1991年（平成3年）9月27日に66歳でその生涯を閉じましたが、彼が生み出した多くの作品は、萩焼の伝統の中に確固たる地位を占め、今なお多くの陶芸愛好家や茶人から高く評価されています。彼の追求した「機能と美の両立」という理念は、後世の陶芸家にも大きな影響を与え続けています。

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