男はつらいよ 寅次郎夢枕

『男はつらいよ 寅次郎夢枕』は、1972年公開の国民的シリーズ『男はつらいよ』の第10作目です。本作では、寅次郎が旅の途中で見た不思議な夢や、幼馴染の千代との再会、そして思わぬ三角関係といった要素が織り交ぜられ、シリーズ全体を象徴する名シーンと共に、寅次郎の人間的な魅力が存分に見られる作品となっています。

物語は、寅次郎が旅先で見た夢から始まります。夢の中で、寅次郎はカフェの女給がヤクザ者に苦しめられているところを救う「マカオのお寅」として活躍します。

現実世界に戻ると、寅次郎の幼馴染である千代が、離婚後、とらやの近所に美容院を開業していることがわかります。寅次郎は、美しくなった千代に再会し、友情を超えた特別な感情を抱き始めます。暇さえあれば千代の美容院に通い、千代をとらやに招いたりするなど、親しく交流を深めていきます。

しかし、とらやに下宿することになった東京大学の助教授、岡倉金之助もまた、千代に好意を抱き始めていました。当初、岡倉をあまり良く思っていなかった寅次郎は、恋愛には奥手の岡倉をからかう一方で、恋に悩む岡倉を不憫に思い、彼の想いを千代に伝えるため、千代をデートに誘うという行動に出ます。

一方、千代は離婚した息子と会えない寂しさに苦しんでおり、そんな千代を優しく慰める寅次郎に心安らぎを感じ始めていました。「お千代坊もさ、いつまで一人でいられるわけじゃないんだし」といった寅次郎の言葉に、遠回しのプロポーズと勘違いした千代は、「ううん、嫌じゃないわ」と答えます。お互いの勘違いが解けた後も、千代は寅次郎との生活を望む意思を示しますが、寅次郎は照れ隠しに冗談として受け流してしまいます。

その後、寅次郎は旅立ちます。正月にとらやを訪れた千代は、再び寅次郎との結婚を望む言葉を口にし、とらやの面々を笑顔にします。

本作品には、シリーズ全体に通じるテーマと深く関わる重要なシーンがいくつか存在します。一つは、寅次郎が甲州路で出会った旧家の女性から聞いた、同業者であるテキヤの悲しい最期の話です。このシーンは、寅次郎がテキヤとしての不条理な現実を深く受け止める重要な場面となっています。

もう一つは、寅次郎自身の恋愛観を語るシーンです。「恋なんてそんな生やさしいもんじゃないぞ。飯を食うときも、ウンコをするときも、もうその人のことで頭がいっぱいよ。なんだか、こう、胸ん中がやわらかーくなるような気持ちでさ。この人のためなら何でもしてやろうと、命なんか惜しくない、『ねえ寅ちゃん、あたしのために死んでくれる』と言われたら、ありがとうと言ってすぐ死ねる、それが恋というもんじゃないだろうか。」という寅次郎の言葉は、彼の恋愛観の本質を端的に表しています。

その他、映画には山田監督や渥美清ら主要キャストの計らいで、源公役の佐藤蛾次郎とその妻が、映画のセットを借りて結婚式を挙げたエピソードや、少年時代の寅次郎と千代との接点が描かれた「少年寅次郎スペシャル後編」など、様々な見どころがあります。

また、本作では、源公が寅次郎に対してやや反抗的な態度をとる場面なども見られ、シリーズ全体の中で異なる側面を見ることができます。さらに、寅次郎がとらやの人々と千代を慰めるシーンでは、テレビのコマーシャルに四代目三遊亭圓遊が一瞬登場するなど、細かい演出も魅力の一つです。

音楽面では、シューマンの『トロイメライ』、ワーグナーの『婚礼の合唱』、ヴィヴァルディの『四季』など、クラシック音楽が効果的に使用されており、作品の雰囲気をさらに高めています。

『男はつらいよ 寅次郎夢枕』は、寅次郎のユーモラスな一面と、人間的な深み、そして周りの人々との温かい交流を描いた、心温まる作品です。シリーズファンはもちろん、初めて観る人にもおすすめできる、珠玉の一作となっています。様々なエピソードや名シーン、そして秀逸な音楽が調和し、忘れがたい感動を与えてくれるでしょう。

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