男鹿脇本事件

男鹿脇本事件

男鹿脇本事件は、1981年に秋田県男鹿市の脇本海岸で発生した北朝鮮によるスパイ事件です。この事件は、日本警察が水際で北朝鮮工作員の潜入を阻止した事例として、その後の警察活動に大きな影響を与えました。

事件の概要

1981年8月5日午後10時、秋田県男鹿市の脇本海岸で、警戒中の私服警察官がゴムボートに乗る3人の不審人物を発見しました。警察官は1人を逮捕しましたが、残りの2人はゴムボートで逃走しました。逮捕された男は、現金20万円と北朝鮮製の衣類などを所持しており、その後の取り調べで、在日韓国人の尹敏哲であることが判明しました。

尹は、工学院大学建築学科を卒業後、東京都内で団体職員として勤務していましたが、1981年1月頃に北朝鮮の工作員として採用されました。その後、約6ヶ月間、北朝鮮の諜報機関で思想教育を受け、スパイとしての訓練を積みました。1981年7月5日、尹は男鹿市脇本海岸から北朝鮮へ出国し、約1ヶ月間の専門教育を受けた後、対韓国工作や在日韓国・朝鮮人に対する金日成思想（主体思想）の浸透工作などの任務を指示され、1981年8月5日、再び同じ海岸から密入国しようとしたところを発見されました。

逃走した2人は、黒い潜水服の上に救命胴衣を着用しており、腰部分にたすき掛けした紐の先にポケットが取り付けられていました。彼らは朝鮮労働党作戦部に所属する「戦闘員」と称される案内役の工作員で、日本海の沖合に停泊していた工作船で北朝鮮に帰還したと考えられています。

事件後の動き

朝鮮総連秋田県本部は「県警によるでっち上げ」として、尹の釈放を求める抗議声明を発表しました。尹は、同年10月16日、秋田地方裁判所において、出入国管理令違反により懲役10か月、執行猶予2年の判決を受けました。その後、韓国への強制送還を免れ、近畿地方で会社を経営したり、詩人としても活動しました。2002年に出版した尹の詩集には、秋田県での逮捕歴や事件を題材にした詩が収載されています。

警察当局は、この事件を「男鹿脇本事件」と命名し、北朝鮮工作員の潜入を水際で阻止した日本警察史上に残る事件として内部で語り継いでいます。

逃走劇

尹の逮捕翌日（8月6日）の昼、海上保安庁が男鹿から400キロメートル沖合で、逃亡した2人を乗せたと思われる不審な船を確認しました。巡視船が追跡し、7キロメートルまで接近しましたが、振り切られてしまいました。海上保安庁は航空機も出動させましたが、日本の漁業専管水域を出たため、追跡を断念せざるを得ませんでした。

この事件は、北朝鮮の工作活動の実態を明らかにしただけでなく、日本の海上保安体制における課題を浮き彫りにした事件としても知られています。

事件の教訓

男鹿脇本事件は、北朝鮮による対日工作活動が、いかに組織的かつ巧妙に行われているかを如実に示した事件でした。また、事件は、日本の海岸線警備の脆弱性も露呈しました。この事件を教訓に、日本政府は、水際対策の強化や情報収集能力の向上など、北朝鮮工作活動に対する警戒を強めています。この事件は、日本における安全保障の重要性を改めて認識させるものとなりました。

参考文献

清水惇『北朝鮮情報機関の全貌―独裁政権を支える巨大組織の実態』光人社、2004年
高世仁『拉致 北朝鮮の国家犯罪』講談社、2002年
諜報事件研究会『戦後のスパイ事件』東京法令出版、1990年
その他、『昭和57年版 警察白書』・『月刊治安フォーラム』（2000年8月号）

関連文献

外事事件研究会『戦後の外事事件―スパイ・拉致・不正輸出』東京法令出版、2007年

関連項目

朝鮮民主主義人民共和国
朝鮮民主主義人民共和国の諜報・情報機関
対日有害活動・スパイ
北朝鮮工作員

外部リンク

男鹿脇本事件（上）水際で捕まった北の工作員
男鹿脇本事件（下）守れていなかった海岸線
『昭和57年警察白書』 第7章 公安の維持

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