発エルゴン反応

発エルゴン反応とは

発エルゴン反応（はつエルゴンはんのう、英語名：exergonic reaction）とは、化学反応において、その系が持つギブズエネルギーが減少する、すなわちギブズエネルギー変化（ΔG）が負（ΔG < 0）となる反応のことを指します。このエネルギー変化が負であるということは、特別な外部からのエネルギー供給なしに、反応が自発的に進行する傾向があることを意味します。そのため、発エルゴン反応は「自発反応」とも同義であるとされます。

「発エルゴン」という言葉は、その語源に由来します。「エルゴン（ergon）」は古代ギリシア語で「仕事」を意味する単語です。したがって、発エルゴン反応は、系が外部に対して「仕事」を行う能力を持つ、あるいはエネルギーを放出して周囲に影響を与える能力を持つ反応であると解釈できます。

エネルギーの放出と共役

発エルゴン反応が進行する際には、ギブズエネルギーとして蓄えられていたエネルギーの一部が放出されます。この放出されたエネルギーは、熱として外部に散逸することもあれば、別の化学反応を進行させるための駆動力として利用されることもあります。

特に生化学的な文脈や、特定の化学プロセスにおいては、この発エルゴン反応から放出されるエネルギーを、本来は自発的に進行しない（ギブズエネルギー変化が正である）反応、すなわち吸エルゴン反応（endergonic reaction）を駆動するために利用します。このように、エネルギーを放出する反応と、エネルギーを必要とする反応とが組み合わさって進行することを「共役」と呼びます。発エルゴン反応は、この共役反応において、吸エルゴン反応を進めるための不可欠なエネルギー供給源となるのです。

生化学における代表例：ATPの加水分解

生体内で起こる無数の化学反応において、エネルギーの供給源として最も中心的かつ代表的な発エルゴン反応の一つが、アデノシン三リン酸（ATP）の加水分解です。

ATPは、アデノシンに三つのリン酸基が結合した分子であり、これらのリン酸結合、特に末端の二つの結合に比較的大きなエネルギーが蓄えられているとされます。ATPが水と反応してアデノシン二リン酸（ADP）とリン酸（Pi）に分解される反応は、標準状態におけるギブズエネルギー変化がおよそ-30 kJ/molという、比較的大きな負の値を持つ発エルゴン反応です。

ATP → ADP + Pi

この加水分解によって放出されるエネルギーは、生体内で筋肉を動かす、神経信号を伝達する、新しい分子を合成する、物質を輸送するなど、様々な生命活動に必要な吸エルゴン反応を進行させるために共役的に利用されます。細胞は、呼吸や光合成といったエネルギー生産経路でATPを合成し、必要に応じてATPを加水分解してエネルギーを取り出し、様々な活動に用いるというサイクルを繰り返しています。

このような、エネルギーの貯蔵・運搬・利用におけるATPの普遍的かつ中心的な役割から、ATPはしばしば「生体のエネルギー通貨」と例えられます。細胞内のエネルギーの流れは、ATPの発エルゴン加水分解を駆動力として成り立っていると言っても過言ではありません。

発エルゴン反応であるATP加水分解が生体の機能維持・活動に不可欠であることを理解することは、生物がどのようにエネルギーを獲得し、利用しているかを把握する上で非常に重要です。

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