白海・バルト海運河

白海・バルト海運河：悲劇と歴史が刻まれた水路

白海・バルト海運河は、ロシア北西部に位置する、白海とバルト海を結ぶ運河です。1933年8月に完成したこの運河は、当初「スターリン白海・バルト海運河」と呼ばれ、ソ連時代の強制労働による建設が知られています。全長227kmにおよぶ水路は、幾つかの河川や湖沼を利用し、複雑な地形を巧みに縫うように建設されました。

運河の建設と犠牲

運河建設は、ソ連の第一次五ヶ年計画の一環として1931年から1933年にかけて実施されました。驚くべきことに、わずか20ヶ月という短期間での完成を目標とし、ほぼ全ての人力によって建設が進められました。しかし、この短期間での完成の裏には、強制労働収容所の囚人である十万人規模もの人々が従事させられ、建設中に10,933人が命を落としたと記録されています。推計によっては、これ以上の犠牲者数を示すものもあり、その過酷な労働環境を物語っています。

運河のルートと構造

運河はオネガ湖から始まり、白海へと至るルートをとっています。全長227kmのうち、48kmは新たに人工的に掘削された水路です。オネガ湖から白海にかけて、標高差を克服するため、7つの閘門からなる「ポヴェネツ階段」と、さらに12の閘門が配置されています。これらの閘門群は、船舶の安全な航行を確保するためのもので、運河の技術的な高度さを示すものです。運河の経路には、マトコゼロ湖、ヴィゴゼロ湖など、いくつかの湖沼が組み込まれており、自然の地形を生かした設計となっています。また、ポヴォネツ、セゲジャ、ベロモルスクといった都市が、運河沿いに位置しています。

運河の利用と通航量

運河は、ロシアの工業地帯から白海を経て、シベリア北部へと物資を輸送するための重要な役割を果たしてきました。ピーク時には年間730万トンの貨物が運ばれましたが、その後は減少傾向にあります。近年では、石油製品の輸送にも利用されており、ヴォルガ川流域の製油所から生産された石油製品をムルマンスク州や海外へと輸出するルートとして機能しています。しかし、大型船舶の航行は困難であり、1000トン程度の小型船舶しか通過できません。また、冬季の凍結により運航できない期間もあるなど、航行には制約があります。

運河と強制労働

運河建設における強制労働は、ソ連政府によって「再教育」と称され、その効率性を誇示するプロパガンダとして利用されました。しかし、現実には劣悪な労働環境と人権侵害が横行していました。この強制労働の実態は、多くの作家や芸術家によって記録されていますが、ソ連政府による検閲やプロパガンダの影響もあり、その真実が完全に明らかになったとは言えません。

運河の記憶

運河は、ソ連の紙巻きたばこのブランド名にも使用されるなど、ソ連の歴史と文化の中に深く刻まれています。現在も運河の両端には、建設で犠牲となった人々を悼むモニュメントが建てられています。また、強制労働収容所の囚人を指すスラング「ゼーカ」という言葉も、運河建設の記憶とともにロシア語に残っています。

運河の現状と未来

現在、白海・バルト海運河の通航量は減少傾向にありますが、戦略的な位置づけから、ロシアにとって重要なインフラとして機能しています。北極海とバルト海を直接結ぶルートであることから、軍事的にも重要な役割を担っており、今後もその機能は維持されると考えられます。しかし、その歴史的背景である強制労働の歴史を忘れることなく、人道的な視点からの評価も必要不可欠です。

参考文献

Maxim Gorky, L. Auerbach, S. G. Firin (editors), The White Sea canal
Paul R. Gregory, Valery Lazarev and V. V. Lazarev, Economics of Forced Labor: The Soviet Gulag
* Cynthia A. Ruder, Making History for Stalin: The Story of the Belomor Canal

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