百田駐在所巡査殉職事件

百田駐在所巡査殉職事件

百田駐在所巡査殉職事件（ひゃくたちゅうざいしょじゅんさじゅんしょくじけん）は、第二次世界大戦終結から間もない1947年（昭和22年）3月25日に、山梨県中巨摩郡百田村（現在の南アルプス市域）で発生した強盗殺人事件です。

事件の経緯

1947年3月25日の午後8時頃、百田村にある一軒の雑貨商宅に、見慣れない男が現れました。男は自らを「県刑事課の藤森」と名乗っていましたが、その言動には不審な点が多々見られました。特に、雑貨商の預金額について質問したり、屋内を不自然に見回したりする挙動は、単なる聞き込み捜査を行う刑事のそれとは異なっていたといいます。男の振る舞いに疑念を抱いた雑貨商の妻は、直感的に彼が本物の刑事ではないと察知しました。そこで、男に気づかれないよう密かに、裏手から雑貨商の兄に連絡を取り、不審人物が現れた状況を伝えました。

連絡を受けた雑貨商の兄は、直ちに最寄りの駐在所へ向かいました。そこで、駐在していた巡査に事の次第を説明し、雑貨商宅に来ている不審な人物について助けを求めました。

通報を受けた巡査は、事態を重く見て直ちに雑貨商宅へと急行しました。現場に到着した巡査は、その場で男に対し職務質問を開始し、身分を示す警察手帳の提示を求めました。男は言われた通りに手帳を取り出して見せましたが、それは警察手帳ではなく、全く別の物でした。

身分を偽っていることが明らかになった男に対し、巡査がさらに問い詰めようとしたその時、男は突如として懐から拳銃を取り出しました。そして、間髪入れずに極めて近距離から巡査に向けて発砲しました。放たれた銃弾は巡査の心臓を貫通し、巡査は即死するという悲劇的な結果となりました。

この凄惨な光景を目の当たりにした雑貨商の妻は、その場から逃れようとしました。しかし、男は妻にも銃口を向け発砲を試みました。幸いにも銃は不発に終わりましたが、男は怯んだ雑貨商の妻に襲いかかり、殴打するなどの暴行を加え、重傷を負わせました。

一連の銃声とそれに続く悲鳴を聞きつけ、異変に気づいた雑貨商と近隣にいた男性らが現場に駆けつけました。彼らは協力して犯行に及んだ男に組み付き、何とかその場で男を取り押さえることに成功しました。

犯人

現場で逮捕された男は、自ら「藤森」と偽っていましたが、その正体は咸鏡北道出身の在日朝鮮人であり、報道などでは通称N、本名Iとされていた人物でした。事件当時、彼は東京の上野に居住していましたが、かつて戦時中にはこの中巨摩郡近辺で行われた工事現場で働いていた経験があり、事件現場周辺の地理に詳しい土地勘を有していたことが明らかになりました。

その後の法的手続き

逮捕されたIは、強盗殺人及びその他の罪で起訴されました。裁判は迅速に進められ、逮捕からわずか17日後の1947年4月11日には、一審にあたる甲府地方裁判所にて死刑判決が言い渡されました。被告人Iは判決を不服として直ちに東京高等裁判所へ控訴しましたが、同年11月12日に行われた二審でも一審判決が支持され、再び死刑が言い渡されました。さらに、被告側は最高裁判所へ上告しましたが、1948年4月8日、最高裁判所は上告を棄却する決定を下し、これによりIの死刑判決が確定しました。

死刑確定から約8ヶ月後の同年12月8日、Iに対する死刑が宮城刑務所にて執行されました。

この事件は、終戦直後の混乱期において、地域社会に大きな衝撃を与えました。職務を遂行中に凶弾に倒れた巡査の殉職は、当時の社会情勢を反映した悲劇的な出来事として記録されています。

参考文献

* 山梨県警察史編さん委員会編『山梨県警察史 下巻』山梨県警察本部、1979年

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