盗まれた手紙

エドガー・アラン・ポー『盗まれた手紙』：鮮やかな推理と隠された真実

エドガー・アラン・ポーの短編小説『盗まれた手紙』(The Purloined Letter)は、C・オーギュスト・デュパンが登場する推理小説シリーズの三作目であり、多くの批評家から同シリーズ最高傑作と評されています。本作は、ある大臣が政治的陰謀に関わる手紙を貴婦人から盗み、警察の徹底的な捜査にもかかわらず発見されないという、難解な事件を描いています。

事件の概要

物語は、秋の夕暮れ、デュパンの住居にパリ市警の警視総監が訪ねてくる場面から始まります。彼は、宮殿で発生した不可解な事件についてデュパンに協力を求めます。高貴な貴婦人が読んでいた私的な手紙を、大臣が巧妙な手口で盗み出したのです。警察は大臣の官邸を徹底的に捜索しましたが、手紙は見つかりません。三ヶ月にも及ぶ捜査は、家具の解体、絨毯や壁紙の剥がし、クッションへの針刺しといった、ありとあらゆる手段を尽くしたにもかかわらず、徒労に終わりました。

デュパンの推理

事件の経緯を聞いたデュパンは、警察の徹底的な捜査と大臣の知性から、大臣は手紙を隠すために、あえて隠そうとしないという大胆な策略に出たと推測します。デュパンは、わざと視力の悪いふりをし、緑色の眼鏡をかけて大臣の官邸を訪れます。そこで彼は、壁に掛けられた安物の紙挿しの中に、一見普通のボロボロの手紙を見つけて、それが盗まれた手紙だと直感します。手紙は裏返しにされ、一見別の何気ない手紙のように見せかけられていたのです。

デュパンは、一度官邸を後にしますが、後日、煙草入れを忘れたという口実で再び訪れます。そして、事前に雇っておいた酔っ払いに騒ぎを起こさせ、大臣の注意を逸らす隙に、偽の手紙とすり替えて盗まれた手紙を手に入れたのです。

作品の評価と影響

『盗まれた手紙』は、デュパンシリーズの中でも特に高く評価されており、ポー自身も「おそらく私の推理物語のうちで最高の出来」と評しています。本作は、「隠したいものをあえて隠さない」という「盲点原理」を鮮やかに示し、後世の推理作家に多大な影響を与えました。江戸川乱歩は、この原理を応用した作品を高く評価しており、チェスタトンやコナン・ドイルの作品との比較を通して、その独創性を強調しています。

さらに、ジャック・ラカンやジャック・デリダといったポストモダニズムの思想家も、この作品を独自の視点から解釈し、心理学や哲学的な議論の対象として取り上げています。ラカンは、手紙の盗難という行為を反復強迫と解釈し、デリダはラカンの解釈に異論を唱えています。東浩紀も、デリダの主張を踏まえながら、本作における「手紙」の存在意義について考察しています。

まとめ

『盗まれた手紙』は、巧妙なトリックと心理戦、そして深い洞察に基づいた推理によって、読者を魅了する傑作です。その斬新な発想と文学的価値は、今日でも多くの読者を惹きつけ、推理小説史における重要な位置を占めています。鮮やかな筆致と、予想外の結末は、読後感の強い余韻を残します。 時代を超えて読み継がれるこの名作は、推理小説ファンならずとも、一度は読んでおく価値のある作品と言えるでしょう。

もう一度検索