直観的基準
ゲーム理論、特にシグナリングゲームの分析において、「直観的基準（intuitive criterion）」は、多数存在する可能性のある均衡の中から、より説得力のあるものを選び出すための重要なツールとして位置づけられています。
シグナリングゲームとは、一方のプレーヤーが他方には分からない私的な情報（例えば、個人の能力や製品の品質など、そのプレーヤーの「タイプ」に関する情報）を持っている状況で行われるゲームです。情報を持つ側のプレーヤー（送り手）が先に行動を選び、その行動が情報を持たない側のプレーヤー（受け手）に何らかのシグナルを送ります。受け手はそのシグナルを観察し、送り手のタイプを推測した上で自身の行動を決定します。
このようなゲームは、理論上しばしば非常に多くの「完全ベイズ均衡」と呼ばれる解を持ちます。完全ベイズ均衡は、プレーヤーの合理性と、観測に基づいてタイプに関する信念を更新するという条件を満たしますが、中には非現実的な、あるいは特定のプレーヤーのタイプにとっては明らかに不利な行動に対する、非合理的な信念によって支えられている均衡も含まれうるのです。このため、ゲームの予測力を高めるためには、これらの均衡をさらに絞り込む、すなわち「均衡の精緻化」が必要となります。
多くの均衡精緻化手法は、均衡戦略から外れた行動、すなわち「経路外行動」が観測された場合に、プレーヤーがどのような信念を持つべきかについて追加的な制約を課すことに基づいています。直観的基準もこのアプローチを取ります。
直観的基準は、1987年にゲーム理論家のインクー・チョー（In-Koo Cho）とデイヴィッド・クレプス（David Kreps）によって初めて導入されました。彼らの核心的なアイデアは、経路外行動を見たプレーヤーの信念が、単なる恣意的なものではなく、ある種の合理的な推論プロセスを経ているべきだという要求を課すことで、不合理な均衡を除去することでした。この基準を適用することで、モデル分析者は、理論上可能な多数の均衡の中から、より現実的で納得のいく均衡候補を絞り込むことができます。
直観的基準が特定の完全ベイズ均衡を排除する際のロジックは以下の通りです。ある完全ベイズ均衡を考えます。そして、あるプレーヤーの特定の「タイプθ」が、その均衡戦略から外れた「経路外行動」をとることを考えます。もし、この経路外行動が、そのプレーヤーの他の「タイプθ'」にとっては、他のプレーヤーがどのような応答を選んだとしても、元の均衡でタイプθ'が得ていた利得よりも必ず低い利得しかもたらさない（すなわち、タイプθ'にとっては「均衡支配されている」）とします。
このような状況で、他のプレーヤーが「この経路外行動は、それをとっても絶対に損をするタイプθ'からは起こりえないはずだ」と合理的に推論し、そのタイプθ'がこの行動をとった可能性にゼロの確率を割り当てるならば、どうなるでしょうか？ 直観的基準は、もしタイプθがこの経路外行動をとることによって、他のプレーヤーが前述のような合理的な推論に基づいて応答する限り、元の均衡でタイプθが得ていた利得よりも必ず高い利得を得ることが保証されるならば、元の完全ベイズ均衡は説得力に欠けるため排除されるべきだと主張します。
より直観的に言うと、あるタイプのプレーヤーが、たとえ他のプレーヤーがその逸脱行動をどう解釈するか不確実でも、この行動を選べば元の均衡より確実に得をする、と確信しているとします。同時に、他のプレーヤーは、この逸脱行動が、他のどのタイプにとっても元の均衡利得を下回る結果しか生まない行動であることを知っています。このとき、他のプレーヤーは合理的に、この逸脱行動をしたのは、それが得になる（あるいは少なくとも損にはならない）タイプに違いない、と推論するでしょう。逸脱したプレーヤーもまた、他のプレーヤーが「自分は逸脱によって損をするタイプだ」とは決して考えないだろうと確信しているのです。このような推論を考慮しても成り立つ均衡だけが、直観的基準を満たすとされます。
有名な例として、労働市場における教育のシグナル効果を分析する「スペンスのシグナリングゲーム」があります。このモデルでは、能力の高い労働者タイプと低い労働者タイプがおり、雇用主は労働者の能力を知りません。労働者は教育を受けるレベルを選択し、雇用主はその教育レベルを見て賃金を提示します。このゲームでは、比較的弱い均衡概念の下では、労働者のタイプに関わらず全員が同じ教育レベルを選ぶ「一括均衡」が連続無限個存在する可能性があります。しかし、直観的基準を適用すると、これらの多くの一括均衡は排除されます。さらに、タイプによって異なる教育レベルを選ぶ「分離均衡」も連続無限個存在しますが、直観的基準は、その中で特に効率的な性質を持つ分離均衡――具体的には、能力の低い労働者タイプが「これ以上教育を受けても、受けないのと比べて得にならない」と感じるちょうどその教育水準を、能力の高い労働者が選択することで、両タイプが明確に分離される均衡――だけを残す力を持っています。
直観的基準は強力な精緻化手法ですが、すべてのゲーム理論家がその仮定や結論に同意しているわけではありません。その論理や適用範囲に対して批判的な意見もあり、Universal Divinityなど、代替的な均衡精緻化手法もいくつか提案されています。
直観的基準は、シグナリングゲームにおける過剰な均衡集合を削減し、より説得力のある予測を導き出すための有力なフレームワークを提供します。経路外行動に対するプレーヤーの合理的推論を考慮に入れることで、非合理的な信念に支えられた均衡を除去し、ゲームの解釈に深みを与えています。
シグナリングゲームの課題
シグナリングゲームとは、一方のプレーヤーが他方には分からない私的な情報（例えば、個人の能力や製品の品質など、そのプレーヤーの「タイプ」に関する情報）を持っている状況で行われるゲームです。情報を持つ側のプレーヤー（送り手）が先に行動を選び、その行動が情報を持たない側のプレーヤー（受け手）に何らかのシグナルを送ります。受け手はそのシグナルを観察し、送り手のタイプを推測した上で自身の行動を決定します。
このようなゲームは、理論上しばしば非常に多くの「完全ベイズ均衡」と呼ばれる解を持ちます。完全ベイズ均衡は、プレーヤーの合理性と、観測に基づいてタイプに関する信念を更新するという条件を満たしますが、中には非現実的な、あるいは特定のプレーヤーのタイプにとっては明らかに不利な行動に対する、非合理的な信念によって支えられている均衡も含まれうるのです。このため、ゲームの予測力を高めるためには、これらの均衡をさらに絞り込む、すなわち「均衡の精緻化」が必要となります。
直観的基準の考え方
多くの均衡精緻化手法は、均衡戦略から外れた行動、すなわち「経路外行動」が観測された場合に、プレーヤーがどのような信念を持つべきかについて追加的な制約を課すことに基づいています。直観的基準もこのアプローチを取ります。
直観的基準は、1987年にゲーム理論家のインクー・チョー（In-Koo Cho）とデイヴィッド・クレプス（David Kreps）によって初めて導入されました。彼らの核心的なアイデアは、経路外行動を見たプレーヤーの信念が、単なる恣意的なものではなく、ある種の合理的な推論プロセスを経ているべきだという要求を課すことで、不合理な均衡を除去することでした。この基準を適用することで、モデル分析者は、理論上可能な多数の均衡の中から、より現実的で納得のいく均衡候補を絞り込むことができます。
排除のロジック
直観的基準が特定の完全ベイズ均衡を排除する際のロジックは以下の通りです。ある完全ベイズ均衡を考えます。そして、あるプレーヤーの特定の「タイプθ」が、その均衡戦略から外れた「経路外行動」をとることを考えます。もし、この経路外行動が、そのプレーヤーの他の「タイプθ'」にとっては、他のプレーヤーがどのような応答を選んだとしても、元の均衡でタイプθ'が得ていた利得よりも必ず低い利得しかもたらさない（すなわち、タイプθ'にとっては「均衡支配されている」）とします。
このような状況で、他のプレーヤーが「この経路外行動は、それをとっても絶対に損をするタイプθ'からは起こりえないはずだ」と合理的に推論し、そのタイプθ'がこの行動をとった可能性にゼロの確率を割り当てるならば、どうなるでしょうか？ 直観的基準は、もしタイプθがこの経路外行動をとることによって、他のプレーヤーが前述のような合理的な推論に基づいて応答する限り、元の均衡でタイプθが得ていた利得よりも必ず高い利得を得ることが保証されるならば、元の完全ベイズ均衡は説得力に欠けるため排除されるべきだと主張します。
より直観的に言うと、あるタイプのプレーヤーが、たとえ他のプレーヤーがその逸脱行動をどう解釈するか不確実でも、この行動を選べば元の均衡より確実に得をする、と確信しているとします。同時に、他のプレーヤーは、この逸脱行動が、他のどのタイプにとっても元の均衡利得を下回る結果しか生まない行動であることを知っています。このとき、他のプレーヤーは合理的に、この逸脱行動をしたのは、それが得になる（あるいは少なくとも損にはならない）タイプに違いない、と推論するでしょう。逸脱したプレーヤーもまた、他のプレーヤーが「自分は逸脱によって損をするタイプだ」とは決して考えないだろうと確信しているのです。このような推論を考慮しても成り立つ均衡だけが、直観的基準を満たすとされます。
適用例：スペンスのシグナリングゲーム
有名な例として、労働市場における教育のシグナル効果を分析する「スペンスのシグナリングゲーム」があります。このモデルでは、能力の高い労働者タイプと低い労働者タイプがおり、雇用主は労働者の能力を知りません。労働者は教育を受けるレベルを選択し、雇用主はその教育レベルを見て賃金を提示します。このゲームでは、比較的弱い均衡概念の下では、労働者のタイプに関わらず全員が同じ教育レベルを選ぶ「一括均衡」が連続無限個存在する可能性があります。しかし、直観的基準を適用すると、これらの多くの一括均衡は排除されます。さらに、タイプによって異なる教育レベルを選ぶ「分離均衡」も連続無限個存在しますが、直観的基準は、その中で特に効率的な性質を持つ分離均衡――具体的には、能力の低い労働者タイプが「これ以上教育を受けても、受けないのと比べて得にならない」と感じるちょうどその教育水準を、能力の高い労働者が選択することで、両タイプが明確に分離される均衡――だけを残す力を持っています。
批判
直観的基準は強力な精緻化手法ですが、すべてのゲーム理論家がその仮定や結論に同意しているわけではありません。その論理や適用範囲に対して批判的な意見もあり、Universal Divinityなど、代替的な均衡精緻化手法もいくつか提案されています。
まとめ
直観的基準は、シグナリングゲームにおける過剰な均衡集合を削減し、より説得力のある予測を導き出すための有力なフレームワークを提供します。経路外行動に対するプレーヤーの合理的推論を考慮に入れることで、非合理的な信念に支えられた均衡を除去し、ゲームの解釈に深みを与えています。
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