石井亀次郎

石井亀次郎は、1918年（大正7年）9月4日に生まれ、1991年（平成3年）にこの世を去った、昭和期を代表する歌手の一人です。特に童謡や流行歌の分野で活躍し、その歌声は多くの人々に親しまれました。私生活では、同じく童謡歌手として知られる宮下晴子氏を妻として迎えました。

東京都に生まれた石井氏は、早くから音楽の才能を示し、少年時代には長谷山雛菊音楽会に所属して歌唱の基礎を学びました。その才能が認められ、1928年（昭和3年）、弱冠10歳にしてビクターレコードから童謡歌手としてプロデビューを果たします。翌1929年には、松竹映画「母の歌」の主題歌「母の歌」（佐藤千夜子歌唱）のB面に収録された「母を慕う歌」を、当時の人気童謡歌手だった平井英子氏と共に吹き込み、その名を広めました。この時期に石井氏が歌った童謡には、「春が来た」や「雀のお使い」、「ギックリカッコ」、「一茶さん」、「お祭り」など、今日でも耳にする機会のある作品が含まれています。少年らしい伸びやかな歌声は、当時の子供たちやその親たちに大きな感動を与えました。

童謡歌手としての活動で一定の成果を収めた後、石井氏は一度音楽の表舞台から距離を置き、東洋音楽学校（現在の東京音楽大学）に入学してさらに音楽の専門知識を深めようと試みました。しかし、学業は中途で終えることになります。その後、声楽家の奥田良三氏に師事し、歌唱技術に磨きをかけ、新たなキャリアをスタートさせることになります。

奥田氏のもとでの研鑽を経て、石井氏はポリドールレコードと専属契約を結び、歌手として再デビューを果たしました。この時期は、主に昭和戦中期の流行歌や軍歌を中心に歌い、その歌声は時代の雰囲気を反映したものでした。活動名義としては、石井亀次郎の他、「石井肇」の名前も使用しています。ポリドールでの活動期間中に発表された楽曲の中には、「健歩の歌」、「愛国行進曲」、「三国同盟の歌」、「戦友の遺骨を抱いて」、「嗚呼特別攻撃隊」など、戦時下の日本で広く歌われた軍歌や啓蒙歌が多く含まれています。力強く、情感あふれる歌唱は、当時の人々にとって大きな影響力を持っていたと考えられます。

第二次世界大戦終結後、日本の音楽シーンが変化する中で、石井氏は再び童謡の分野にも目を向けます。1959年（昭和34年）には、自身がリーダーを務める「石井亀次郎とキングホウズキ会」名義で発表した楽曲「やさしい和尚さん」が、記念すべき第1回日本レコード大賞において童謡賞を受賞するという栄誉に輝きました。これは、童謡歌手としてキャリアを始め、戦時期に流行歌や軍歌も歌った石井氏が、戦後再び童謡の世界でその歌唱力と表現力が評価されたことを示す出来事でした。

石井亀次郎氏は、生涯を通じて日本の歌謡界、特に童謡と流行歌の歴史に貴重な足跡を残しました。1991年（平成3年）に72歳でその生涯を終えるまで、彼の歌声は多くの人々の心に響き続けました。少年時代の澄んだ歌声から、戦時期の力強い歌声、そして戦後の温かみのある歌声まで、その多様な表現力は日本の大衆音楽史において特筆すべき存在と言えるでしょう。

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