秋津温泉

小説『秋津温泉』と映画『秋津温泉』：時代と愛の物語

1947年、藤原審爾の小説『秋津温泉』が発表されました。戦時中から戦後にかけて執筆されたこの作品は、著者の初期代表作として高く評価されています。岡山県奥津温泉を舞台に、主人公「私」とヒロイン新子の17年にわたる複雑な愛の物語を描いています。

藤原審爾は、21歳で岡山にて『秋津温泉』の執筆を開始。戦災により吉備津に移り住んだ後、戦後には倉敷市で作品を完成させました。同人誌に掲載された作品は河盛好蔵らに認められ、『人間別冊』『別冊文藝春秋』への掲載へと繋がります。1948年には講談社より刊行、さらに加筆修正を経て1949年には新潮社から刊行されました。

小説では、主人公は17年間で5度秋津温泉を訪れ、新子との愛を育みます。奥津温泉をモデルとした秋津温泉、そして旅館「秋津荘」は、実在の旅館「河鹿園」(2012年廃業)をモデルとしています。物語の終盤、新子との関係に終止符が打たれる場面で描かれる桜の木は、実際には紅葉の木であるなど、現実とフィクションが交錯する描写も興味深い点です。

映画『秋津温泉』：岡田茉莉子と吉田喜重の出会い

1962年、小説『秋津温泉』は映画化されました。監督と脚本は吉田喜重、岡田茉莉子のデビュー100本記念作品として、岡田自身もプロデューサーとして制作に携わっています。岡田の提案による映画化でしたが、吉田喜重は当初監督を断り、脚本と成島東一郎を撮影監督とする条件で引き受けました。

映画は戦後の秋津荘を舞台に、時代に取り残され生きる希望を失いつつある男と、変わらぬ愛情を貫く女の物語を描いています。時代の流れに翻弄される秋津荘の運命も、重要なテーマとして描かれています。キネマ旬報ベストテン第10位、毎日映画コンクール女優主演賞（岡田茉莉子）を受賞するなど、高い評価を獲得しました。

映画の撮影は、旅館「大釣荘」(現在は廃業し日帰り入浴施設「大釣温泉」となっている)で行われました。入浴シーンは同施設近くの般若寺温泉で撮影されました。当初は芥川比呂志が主演を務める予定でしたが、病気のため降板、急遽長門裕之が代役を務めることとなりました。

岡田茉莉子は、この映画の後引退を考えていたそうですが、吉田喜重監督に説得され、その後吉田監督と結婚、女優を続ける決意を固めました。「吉田と結婚したから、女優を一生続けようと思いました」と語っているのは有名なエピソードです。

小説と映画：異なる結末

小説と映画では、物語の結末に違いがあります。小説では、寺の次男との結婚を控えた新子が「あたしはこれでいいのよ、これで倖せだわ」と語ることで物語は幕を閉じます。一方、映画では、新子は河本との別れの後、絶望の淵に沈み、自死を選ぶという、より悲劇的な結末となっています。

まとめ

『秋津温泉』は、小説と映画を通して、戦後日本の混沌とした時代の中で、愛と生きることの困難さを描き出した作品です。小説の繊細な描写と、映画の緊迫感あふれる演出は、それぞれ異なる魅力を持っており、両作品を比較することで、より深い理解が得られるでしょう。奥津温泉という実在の場所を背景に、時代を超えて愛される作品として、これからも多くの人々に感動を与え続けることでしょう。

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