稲田純一

稲田純一：都市と緑を結ぶ国際的造園家

日本の造園家である稲田純一氏は、1952年に生まれ、2022年 12月5日に70年の生涯を終えました。都市空間における緑地の創造と保全に情熱を注ぎ、特にシンガポールの「ガーデンシティ」政策の推進において多大な貢献をなしました。その活動は日本国内に留まらず、国際的なスケールで展開され、数々のランドスケーププロジェクトを手がけるとともに、教育者としても後進の育成に尽力しました。登録ランドスケープアーキテクト（RLA）や技術士建設部門（都市及び地方計画）といった専門資格を有し、その知識と経験は多くのプロジェクトに活かされました。

学びの道とキャリアの始まり

稲田氏は、大阪府立大学大学院農学研究科緑地計画専攻で学び、1976年に修士課程を修了しました。この分野での深い知識を習得した後、著名な造園家である荒木芳邦氏が率いる荒木造園設計事務所（現在の大阪府池田市に位置）に入所し、約7年間実務経験を積みました。この初期のキャリアにおいて、造園設計の基礎と実践的なスキルを磨き、第7回日新建設設計競技での佳作入選という成果を上げています。この経験が、その後の国際的な活躍の礎となりました。

シンガポール「ガーデンシティ」の立役者として

1983年、稲田氏は活動の場をシンガポールへと移しました。国家開発省の公園レクリエーション局にてシニアランドスケープアーキテクトとして従事し、その後、シンガポール国立公園公団の計画開発部長を務めるなど、要職を歴任しました。この間、シンガポールが国家的な目標として掲げた「ガーデンシティ」政策の実現に向けて、中心的な役割を担いました。都市の中に豊かな緑を取り込み、住環境の向上と国際的な魅力の創出を目指すこの政策において、彼の専門知識とリーダーシップは不可欠なものでした。

シンガポール政府は、稲田氏の長年にわたる公園事業への貢献を高く評価し、2016年には国家功労賞の一つである“The Public Service Star”（公共サービス星章）を授与しました。これは、シンガポールへの貢献が認められた証であり、彼の功績の大きさを物語っています。

シンガポールでの活動は帰国後も続き、代表的な業績として、世界的に有名な植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」内のテーマガーデン「キャニオン」の設計（2016年オープン）が挙げられます。また、2014年には同施設で開催された「ランの祭典」の企画・設計にも携わっています。さらに、日本国内にある駐日シンガポール大使館に併設された日本庭園の造園も手がけるなど、日本とシンガポールを結ぶ文化交流の一端も担いました。

日本での新たな展開と教育活動

1995年に日本へ帰国した後、稲田氏は自身の造園設計事務所である株式会社ウインを設立しました。これを拠点に、日本国内での様々なランドスケーププロジェクトを展開しました。都市公園、公共空間、商業施設、個人庭園など、幅広い分野で緑豊かな環境づくりに貢献しました。

また、教育者としての情熱も持ち合わせていました。兵庫県立大学大学院緑環境景観マネジメント研究科では特任教授として教鞭をとり、次世代の造園家やランドスケープアーキテクトの育成に力を注ぎました。自らの豊富な国際経験や実践的な知識を学生たちに伝え、彼らの成長をサポートしました。

地域社会との関わりも深く、かつては大阪府でボーイスカウトの隊長を務め、青少年育成にも携わった経験を持っています。

晩年には、兵庫県立淡路夢舞台温室が「奇跡の星の植物館」から「あわじグリーン館」へとリニューアルされるのに伴い、2021年9月にその館長に就任しました。ここでは、植物展示や緑を通じた文化・教育活動の推進に尽力しました。

栄誉ある受賞歴

稲田氏の長年の活動と卓越した功績は、国内外で高く評価され、いくつかの栄誉ある賞を受賞しています。

日本造園学会作品賞（2004年）: シンガポールにおけるパサリスパーク、マリーナシティーパーク、そして国立植物園といった重要な公園群の整備に関する功績が認められての受賞です。
BCI ASIA Futurac Green Leadership Award 2015（マレーシア）: マレーシアで行われた「JST-N棟増築工事」プロジェクトにおいて、他の建設関係者と共にこの賞を受賞しました。環境配慮型の優れたデザインや技術が評価されたものです。
* 土木学会デザイン賞最優秀賞（2006年）: 高知県にある牧野富太郎記念館のプロジェクトにおいて、他の関係者と共に最高位である最優秀賞を受賞しました。この賞は、美しさや景観への配慮など、デザイン性に優れた土木構造物やプロジェクトに与えられます。

これらの受賞は、稲田氏が手がけたプロジェクトの質の高さと、ランドスケープ分野における彼の貢献の大きさを証明しています。

逝去

2022年 12月5日、稲田純一氏は胆管がんのため、70歳で惜しまれつつこの世を去りました。都市の緑化と景観向上に生涯を捧げ、特にシンガポールのガーデンシティ化に大きく貢献した彼の業績は、多くの人々の記憶に残ることでしょう。教育者としても、そして地域活動においても積極的に関わり、多様な側面から社会に貢献したその人生は、後進の造園家たちにとって大きな模範となるはずです。

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