空蝉 (源氏物語)

『源氏物語』「空蝉」：忘れえぬ恋と気高い女性の生涯

『源氏物語』五十四帖中、第3帖にあたる「空蝉」。光源氏と、巻名にも使われている歌で知られる女性「空蝉」の物語は、物語全体の重要な要素を担っています。本稿では、空蝉の生涯と、彼女と光源氏との関係、そして「空蝉」の巻が持つ意味について考察します。

空蝉という女性

空蝉は、容姿は必ずしも絶世の美女とはいえず、控えめで慎ましい性格の持ち主でした。しかし、その上品な立ち居振る舞い、教養の深さ、そして何より、強い意志の持ち主であったことが、光源氏の心を強く惹きつけました。彼女は、上流貴族の娘として生まれ育ちましたが、父の死を機に、伊予介という男性の後妻として、京を離れることになります。年の離れた義理の息子、軒端荻と暮らすことになり、身分が低いことを恥じ、夫への愛情も薄かったと言われています。

光源氏との出会い

光源氏が17歳の夏、紀伊守邸を訪れたことが、二人の運命の始まりでした。空蝉の噂を聞きつけた光源氏は、彼女に心を奪われ、求愛を試みます。しかし、空蝉は身分違いの恋を避けようとします。それでも光源氏の熱意は衰えず、一度は身を許したものの、その後は光源氏の求愛を毅然と拒絶し続けます。この空蝉の気高い生き方が、かえって光源氏の執着心を燃え上がらせました。光源氏が一枚の着物を残して逃げ去った空蝉を、セミの抜け殻に例えた歌を送ったという逸話は有名です。

複雑な人間関係

空蝉を取り巻く環境も複雑でした。義理の息子である軒端荻との関係、そして夫である伊予介との関係も、決して円満とは言えませんでした。彼女は、常に身分の違いという壁に苦悩し、自分の置かれた立場に葛藤を抱えていました。そんな中、光源氏との出会いは、彼女の人生に新たな波乱を呼ぶことになります。彼女は、光源氏の愛を受け入れることによって、自身の身分や立場をさらに複雑なものにしてしまうことを危惧していました。

再会とその後

物語は「関屋」の巻で、光源氏と空蝉の再会を描きます。夫を亡くした空蝉は、継息子からの求婚を避けるために出家し、尼となりました。光源氏は、尼となった空蝉を自身の邸宅である二条東院に迎え入れました。二人は、二度と元の関係に戻ることはありませんでしたが、光源氏の心に空蝉は生涯忘れえぬ存在であり続けました。

空蝉のモデル

空蝉のモデルについては、様々な説があります。その境遇や身分から、作者である紫式部自身ではないかという説も存在します。彼女の人生は、身分や立場、そして人間の心の複雑さを描いた、紫式部自身の投影とも考えられます。

まとめ

「空蝉」の巻は、光源氏と空蝉の恋物語を通して、身分や立場、そして人間の心の葛藤を繊細に描いた作品です。空蝉の気高さ、そして光源氏の執着心は、読者に深い印象を与え、物語全体に奥行きを与えています。また、この巻は、作者自身の経験や心情が反映されている可能性も高く、その点からも注目に値する作品といえるでしょう。 空蝉という女性像は、時代を超えて多くの読者の共感を呼び、今もなお語り継がれる魅力に溢れています。

もう一度検索