笛壺

笛壺（ふえつぼ）

松本清張の短編小説『笛壺』は、1955年に『文藝春秋』に掲載され、翌年短編集『風雪』として角川書店から刊行された作品です。この物語では、主人公の畑岡謙造が経験する愛や失望、学問に対する思いが深く描かれています。

あらすじ

物語は、畑岡が家族や多くの蔵書を犠牲にして愛を追い求めた結果、失ったものの重さを実感しているところから始まります。彼は福岡県の中学校教師でありながら、東京帝大の教授淵島由太郎と出会い、彼の影響で東大の史料編纂所員としての道を歩むことになります。しかし、すぐに彼は淵島の真の目的が学問そのものではなく、学界における政治的な立場にあることを知り、これに失望します。

彼は以後、淵島のようになることを避けることを決心し、研究に専念します。彼の妻志摩子は、彼の研究に対する興味を持つことはありませんでしたが、それゆえに彼は逆に研究に集中できたと言えます。畑岡は延喜式に関する論文に取り組んでいる中で、自身の情熱と人生をこの作品に注入し、無欲のまま論文を完成させます。しかし、完了した時、彼は虚無感に襲われることとなります。その結果、彼は貞代という女に心を奪われ、彼女との関係に迷い込んでいくのです。

エピソード

松本清張は、1959年に本作のアイディアが古代の祭器、ハゾウを見たときに生まれたと振り返っています。この器は酒を飲むためのもので、小さな穴から酒を吸い上げる方法が特徴です。清張はその穴から音を出すことができる様子に着想を得て、『笛壺』の名前を付けたといいます。また、作品の舞台には東京西郊の深大寺が用いられており、それは後に他の作品にも影響を与えることになります。

考古学者の大津忠彦は、物語の舞台を太宰府とし、主人公の研究者としての活動が戦前における在野研究者の池上年に類似していると指摘しています。作品に登場する法隆寺の再建に関する論争は実際の歴史的事件に基づいており、物語の時代設定を明確にしていると言えます。

結論

『笛壺』は、松本清張が描く人間の内面に迫る作品であり、愛、学問、そして喪失といったテーマが複雑に絡み合っています。主人公の人生の選択は、彼自身の内面的葛藤を反映しており、結果として生まれた作品は多くの読者にとって胸に刺さるものとなっています。清張の独特な視点から描かれる人間模様は、今もなお多くの文学ファンに愛され続けています。

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