笠松章

笠松 章（かさまつ あきら）

1910年に和歌山県で生まれた笠松章は、日本の精神医学の分野で重要な足跡を残した精神科医です。1987年7月19日に77歳でその生涯を閉じました。

学生時代は、海南中学校、そして旧制第三高等学校で学び、その後、1936年に東京帝国大学医学部を卒業しました。医学の道を志した彼は、特に精神医学の研究に深く没頭しました。その研究成果は、1952年に提出した「N2ガス吸入による意識喪失の研究」によって結実し、医学博士の学位を取得するに至りました。

東京大学医学部においては、日本の医学教育と研究の中心で活動しました。1956年には医学部助教授に就任。その後、東京大学医学部附属病院の精神神経科の科長を務め、最終的には精神医学講座の教授として、多くの学生や研究者を指導しました。大学における教育・研究活動に加え、附属病院での臨床においても精力的に取り組み、精神疾患を持つ患者の治療にあたりました。

1971年に東京大学を定年退官した後も、笠松章はその豊富な経験と知見を活かし、日本の精神医療と精神保健の向上に貢献しました。東京大学からは名誉教授の称号を贈られ、退官後には国立精神衛生研究所の所長に就任しました。この研究所は、精神疾患の予防や治療、精神保健に関する研究を推進する国の機関であり、その運営と研究活動の指揮を執りました。さらに、財団法人神経研究所の所長も務めるなど、精神医学および関連する神経科学の振興にも尽力しました。

笠松章の業績は、教育・研究活動にとどまらず、数多くの著作や翻訳としても広く知られています。代表的な著書としては、臨床精神医学の重要な手引きとなった『臨床精神医学』や、時代背景を踏まえた精神医学の展望を論じた『不確実性時代の精神医学』があります。また、精神医学の最新動向をまとめた『精神医学最近の進歩』、青少年の生理と心理を扱った『現代の生理と心理 第3 青年の生理と心理』、人間の心を深掘りした『現代人間学 第4 人のこころ 第2』、社会問題となっていた薬物乱用の臨床疫学に関する『薬物乱用の臨床疫学』など、幅広いテーマで多くの研究者と共編著を出版しました。

海外の重要な文献を日本に紹介することにも力を入れました。ポール・チャットフィールドによる『臨床神経生理学の基礎』を時実利彦と共に翻訳し、神経生理学の知識普及に貢献しました。また、T.M.リング編の『職場の精神衛生と人間関係』を坪上宏と共訳・共編することで、職場におけるメンタルヘルスという当時としては新しい課題への関心を高めました。

このように、笠松章は研究者、教育者、臨床医、そして行政家として、多角的な視点から日本の精神医学の発展に貢献しました。その学術的業績、優れた教育手腕、そして精神保健に対する深い洞察は、後世の精神科医たちに多大な影響を与え続けています。

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