糸賀黎

糸賀 黎（いとが れい）

糸賀 黎（1930年 - 2005年）は、日本の環境計画学者、および造園学者として顕著な功績を残した人物です。その学問的背景は環境学、そして農林学に深く根差しており、特に持続可能な視点からの自然保護や農山村計画に関する実践、研究、教育活動に生涯を捧げました。彼は東京都に生まれ、日本の高度経済成長期からその後の社会変化の中で、自然と人間活動の調和のあり方を探求し続けました。

経歴

糸賀氏は、京都大学農学部林学科で学び、その基礎となる知識と視座を培いました。卒業後、日本の自然保護行政の最前線でキャリアをスタートさせます。厚生省国立公園部計画課での勤務は、国の自然公園制度における計画策定や管理運営に深く関わる貴重な経験となりました。続いて環境庁（現在の環境省）においても、行政官の立場から日本の環境政策や自然保護施策の立案、推進に携わりました。こうした行政機関での実務経験は、彼のその後の研究や教育活動において、現実社会の課題を踏まえた実践的なアプローチを可能にする基盤となりました。

1977年には学術界へ転身し、筑波大学農林学系教授に就任しました。大学での活動を通じて、長年の行政経験と学術的知見を融合させ、環境計画学や造園学における新たな研究領域を開拓しました。また、教育者として次世代の研究者や実務家の育成にも情熱を注ぎ、多くの後進を指導しました。1994年には信州大学農学部教授として移り、地域に根差した農学教育・研究の中で、自身の専門である環境計画学の知見を応用しました。そして1996年からは長野県自然保護研究所の総括研究員として、より現場に近い場所で、長野県の豊かな自然環境の保全と地域の持続可能な発展に向けた研究・助言活動に取り組みました。これらの多様な経歴は、糸賀氏が単なる理論家ではなく、行政、教育、研究、そして地域という様々なレイヤーで持続可能な社会の実現に貢献しようとした強い意志の表れと言えるでしょう。

研究と貢献

糸賀氏の研究活動の中心には、常に「持続可能性」という視点がありました。彼は、自然保護を持続可能な形で実現するためには、単に開発を抑制するだけでなく、地域住民の生活や文化、生業と調和しながら進めることの重要性を説きました。特に農山村地域においては、過疎化や高齢化といった社会課題と向き合いながら、いかに地域の生態系サービスを維持・向上させ、同時に地域経済を活性化させるかという複雑な問題に取り組んだのです。彼の研究は、学術的な厳密さを保ちつつも、常に社会実装を強く意識したものであり、多くの行政担当者や地域の実務家にとって重要な指針となりました。

受賞

その長年にわたる功績は、複数の権威ある賞によって認められています。1982年には第3回田村賞を受賞しました。また、1991年には日本造園学会賞の研究論文部門を受賞しており、これは彼の研究活動が日本の造園学・環境計画学分野において高く評価されたことを示しています。これらの受賞は、彼の学術的貢献だけでなく、その研究成果が社会的に大きな影響力を持っていたことの証とも言えるでしょう。

遺した足跡

2005年に逝去されましたが、糸賀氏の研究や思想は現在も多くの人々に影響を与えています。彼の死後、その功績を記念して編纂された『持続可能社会における自然保護』（糸賀黎先生記念出版の会、2006年）は、彼の研究テーマが集約されており、その思想の核心を知る上で重要な文献となっています。糸賀黎氏が追求した「持続可能な自然保護」と「農山村計画」の理念は、現代社会が直面する環境問題や地域活性化の課題を考える上で、今なお色褪せない普遍的な価値を持っています。彼の遺した知見と精神は、これからの社会が自然と共生していく道を模索する上で、貴重な羅針盤であり続けるでしょう。

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