紀ノ川 (小説)

紀ノ川

『紀ノ川』は、有吉佐和子による長編小説で、1959年に婦人画報に連載され、同年中央公論社から単行本として刊行されました。和歌山を舞台に、明治、大正、昭和という激動の時代を生きる三世代の女性たちの姿を描いています。素封家の女性たちの生き様を通して、時代の変化や家族の絆、女性の生き方について深く考えさせられる作品です。1964年にはNHKでテレビドラマ化、1966年には松竹で映画化もされました。

物語の概要

物語は、和歌山の紀ノ川沿いを舞台に、紀本家の三世代の女性たちの人生を軸に展開します。明治生まれの祖母・とよの、その孫娘で女学校に通う花、花の娘で戦後世代の文緒、そして文緒の娘である華子という、それぞれの時代を生きる女性たちの姿を通じて、時代の変化と家族のあり方、そして女性の生き方を描いています。

第一部

紀本家の祖母・とよのは、孫娘の花に当時としては珍しい高い教育を受けさせるため、和歌山市内の女学校へ入学させます。とよのは、花を連れて和歌山市内で暮らすこともありましたが、当時は「女に学は不要」という価値観が主流だった時代でした。花は美しいだけでなく学もあったため多くの縁談が持ち込まれましたが、とよのは全てに難癖をつけ断ります。最終的に、とよのは、六十谷村の有力者である真谷家の長男・敬策を花の結婚相手に選びます。

敬策は東京の専門学校を卒業後、村長を務める名士で、とよのは敬策の将来性を予感していました。結婚が決まると、とよのは花を連れて京都へ行き、婚礼の品々を買い揃えます。結婚式は、豪華な駕籠と船の行列で紀ノ川を下るという盛大なものでした。しかし、この盛大な結婚は、敬策の弟・浩策の自尊心を傷つけます。浩策は役場にも行かず毎日読書にふける日々を送っていました。

花は結婚後、息子・政一郎を出産します。その年の秋、紀ノ川が氾濫しますが、敬策の村は被害を免れました。しかし、下流の村では大きな被害が出ており、その中には婚礼後間もない新妻が命を落とした村もありました。この不幸な出来事を通して、花は祖母であるとよのの「紀ノ川の流れに逆らって縁談をしてはならない」という言葉を思い出し、後悔します。その後、浩策が分家することになります。

浩策は、はなに機嫌よく接するようになり、本を貸してくれるようになります。その中には、後に戦争となる国の作家の作品もありました。花が第二子である娘・文緒を出産した頃、とよのが亡くなります。花は、文緒をとよのの生まれ変わりだと信じ、娘を大切に育てます。また、浩策は女中として和歌山市内から梅を連れてきますが、梅が妊娠したことをきっかけに、花は浩策と梅を結婚させることを提案します。花は梅の婚礼準備を献身的に行います。

第二部

第二部では、文緒の成長、恋愛、結婚が描かれます。文緒は和歌山高等女学校に通いますが、東京から来た教師の影響でデモクラシーや自由を求めるようになります。文緒は卒業後、東京の大学への進学を希望しますが、家政科に進学しても卒業できるか、教師にも心配されるほどでした。

一方、父である敬策は県議会議員となり、和歌山市内に妾を囲います。しかし、県議会議員としての活動が忙しくなるにつれて、花も敬策を支えるために和歌山市内に移り住むことになります。文緒は東京女子大学に入学しますが、大学にはあまり行かずカフェに入り浸る日々を送ります。見かねた花は、文緒をお見合いさせるため東京へ向かいます。

花は、同郷の国会議員の妻である田畑夫人にお見合い写真を渡しており、それが縁で文緒の縁談が決まります。相手は銀行員の春見英二。二人は田畑夫人の策略によって出会い、結婚へと至ります。文緒が妊娠すると、花は文緒の生活を支えるために上京します。出産後、春見英二は上海に赴任することになり、文緒と長男も同行します。

第三部

第三部では、華子の成長、敬策の国政進出と死、花と華子の交流、太平洋戦争中と戦後の真谷家が描かれます。物語は、華子が祖母や母と同じ和歌山高等女学校に通う姿で幕を閉じます。

主な登場人物

花（はな）: 本作のヒロイン。紀本家の女性で、女学校で学んだ教養人。茶の湯や書道にも優れている。
豊乃（とよの）: 花の祖母。紀本家を取り仕切る大御所。
敬策（けいさく）: 花の夫。真谷家の長男で、村長を務める。後に県議会議長となる。
浩策（こうさく）: 敬策の弟。ひねくれた性格。
文緒（ふみお）: 花の娘。第二部のヒロイン。自由奔放な性格。
春見英二（はるみえいじ）: 文緒の夫。銀行員。
華子（はなこ）: 文緒の娘。第三部のヒロイン。病弱な少女。

書誌情報

1959年に中央公論社から単行本として刊行された後、中央公論文庫、角川文庫、新潮文庫などから文庫版が刊行されました。文学全集にも収録されており、英語版も出版されています。

映像化作品

テレビドラマ: 1964年にNHK大阪放送局が制作。南田洋子が主演を務めました。
映画: 1966年に松竹が制作。中村登が監督を務めました。

音声化

ラジオドラマ: 2021年にNHKラジオ第2で藤田三保子の朗読で放送されました。

『紀ノ川』は、激動の時代を背景に、三世代の女性たちの人生を丹念に描いた作品です。家族の絆や女性の生き方、そして時代の変化について深く考えさせられる物語です。

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