縛られたプロメテウス (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンス「縛られたプロメテウス」

ピーテル・パウル・ルーベンスの傑作『縛られたプロメテウス』は、1611年から1612年頃に制作された油彩画です。この作品は、古代ギリシアの劇作家アイスキュロスによる悲劇『縛られたプロメテウス』に触発されています。

ルーベンスは、神から火を盗み人間に与えた罪で、ゼウスによって岩に縛られ、毎日肝臓を鷲に食い尽くされるという悲劇的な運命を背負ったプロメテウスを描いています。

歴史と制作背景

ルーベンスは、1582年に遠縁の風景画家トビアス・フェルハーフトのもとで絵画の基礎を学びました。その後、肖像画家アダム・ファン・ノールトの工房で4年間修業し、さらにオットー・ファン・フェーンとも共同制作を経験しました。これらの経験が、彼の作品に大きな影響を与えました。特に、背景の構成は、彼の作品の重要な要素です。

1610年、ルーベンスはアントウェルペンに自身の工房を設立し、同時期にネーデルラント総督の宮廷画家も務めました。『縛られたプロメテウス』と同時期には、祭壇画『キリスト降架』も制作しています。

フランス・スナイデルスとの協力

ルーベンスは工房設立後、各分野の専門家と協力して作品を制作しました。『縛られたプロメテウス』では、動物画を得意とするフランス・スナイデルスが鷲の描写を担当しています。この協力体制が、作品のリアリティと迫力を高めています。

原典と物語

『縛られたプロメテウス』の物語は、アイスキュロス作とされる古代ギリシア悲劇に由来します。プロメテウスは、ゼウスの支配を助けたにもかかわらず、人間に火を与えたことでゼウスの怒りを買い、過酷な罰を受けることになります。この物語は、人間の進歩と神々の権威との対立という、深いテーマを内包しています。

作品の解釈

ルーベンスの描くプロメテウスは、苦悶に満ちた表情で描かれています。鷲はプロメテウスの胴体を食い破り、内臓が露わになっています。この描写は、プロメテウスの激しい苦痛を表現しています。特に、プロメテウスの目線と鷲の描写は、鑑賞者の感情を強く揺さぶります。画面下部の松明は、プロメテウスの罪である火を盗んだことを暗示しています。

ルーベンスの芸術は、対抗宗教改革における兄フィリップ・ルーベンスの思想と関連しています。彼らは、古代ギリシアとローマの文化を研究し、異教の神話をキリスト教の神の力を示すものとして解釈しました。

リプシウスの詩

ルーベンスの兄フィリップの師であるリプシウスは、この絵画に対する鑑賞者の反応を詩に記しています。この詩は、プロメテウスの苦悶と鷲の残虐さを強調し、鑑賞者に恐怖を与える作品の力を示しています。

ルーベンスが受けた影響

ルーベンスは、ローマ滞在中にミケランジェロの作品から大きな影響を受けました。『縛られたプロメテウス』の力強いプロメテウスの描写は、ミケランジェロの人物像を彷彿とさせます。また、カラヴァッジョの劇的な光と影の表現も、ルーベンスの作風に影響を与えたと考えられます。

ヴェネツィアでは、ティツィアーノの作品を研究し、その色彩感覚や構図を学びました。本作のプロメテウスのポーズは、ティツィアーノの「ティテュオス」に影響を受けています。

フィレンツェでは、ミケランジェロやチーゴリの作品を研究し、自身の芸術性を高めました。

来歴

『縛られたプロメテウス』は、完成後ルーベンス自身が所有していましたが、1618年にイングランドの収集家ダドリー・カールトン卿に売却されました。カールトン卿は、自身の古代彫刻コレクションとルーベンスの作品を交換しました。ルーベンスは、この作品が自身のオリジナルであることを証明するために、カールトン卿に宛てた手紙で、制作の詳細を記しました。

現在、本作はフィラデルフィア美術館に所蔵されており、世界中の人々を魅了し続けています。

参考文献

『ルーベンス　栄光のアントワープ工房と原点のイタリア』、Bunkamuraザ・ミュージアム、毎日新聞社、TBS、2013年刊行
吉田敦彦『名画で読み解く「ギリシア神話」、世界文化社、2013年刊行
岡田温司 監修『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』ナツメ社、2011年11月。
Freedberg, David (1995-01) (PDF). Peter Paul Rubens: Oil Paintings and Oil Sketches. Gagosian Gallery.
Georgievska-Shine, Aneta (29 March 2017). Rubens and the Archaeology of Myth. Routledge; 1 edition (March 31, 2017).
Howatson, M. C. (2011-01-01). “Promē'theus Bound” (英語). The Oxford Companion to Classical Literature. Oxford University Press.
Wedgwood, C.V. (1967). The World of Rubens 1577-1640. New York: Time Incorporated.
White, Christopher (1987). Peter Paul Rubens : man & artist. New Haven: Yale University Press.

外部リンク

* フィラデルフィア美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『縛られたプロメテウス』 （英語）

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