羊飼いの礼拝 (ジョルジョーネ)

ジョルジョーネ作『羊飼いの礼拝』：ルネサンス期の傑作とその謎

『羊飼いの礼拝』（Adorazione dei pastori）は、ルネサンス盛期のイタリア人画家ジョルジョーネが1505年から1510年頃に描いたとされる絵画です。現在はアメリカ合衆国ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されています。この作品は、ジョルジョーネの真作と広く認識されていますが、その作者を巡っては様々な議論が存在します。中には、ジョルジョーネの弟子であったティツィアーノの初期作品であるとする説も根強くあります。しかし、いずれにせよ、ルネサンス盛期のヴェネツィア派の画家によって描かれた作品であることは確実視されています。

作品の別称と「アレンデール絵画群」

欧米では、過去の所有者であるバーモント家の爵位にちなみ、『アレンデールの降誕（Allendale Nativity）』とも呼ばれています。この別称に由来し、ジョルジョーネには「アレンデール絵画群」と呼ばれる数点の作品群が存在します。これには、『羊飼いの礼拝』と同じくナショナル・ギャラリー・オブ・アート所蔵の『聖家族』や、ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵の『東方三博士の礼拝』などが含まれます。さらに、ウィーンの美術史美術館が所蔵する『羊飼いの礼拝』の別バージョンも、この「アレンデール絵画群」に含められることがあります。これらの作品群は、ジョルジョーネの真作と考えられています。

構図の特徴

『羊飼いの礼拝』は、薄暗い洞窟を背景に、右側の人物像が画面構成の中心となっています。一方、画面左側には、木々に囲まれた明るい風景が対照的に描かれています。画面中央に描かれたひざまずく羊飼いの巡礼者たちは、鑑賞者に静謐で劇的な印象を与えます。幼児キリスト、聖母マリア、ヨセフの聖家族、そして二人の羊飼いは、矩形を構成するように配置され、左側に広がる風景描写と一対をなしています。

作品の来歴

この作品は、ジョルジョーネがジョヴァンニ・ベッリーニの後継者であるヴィンチェンツォ・カテーナの工房にいた時期に完成したと考えられています。記録によると、かつては枢機卿ジョセフ・フェスキが所有していました。1845年には、ローマのリッキ宮殿で開催されたオークションに出品され、1,760スカードで売却されました。この金額は当時のレートで約370.53ポンドに相当します。フェスキはナポレオン1世の叔父で、大規模な美術品収集家としても知られています。オークションには1,837点の絵画が出品され、そのうち1,406点はルーヴル美術館が購入しました。その他には、フラ・アンジェリコの『最後の審判』、ニコラ・プッサンの『人生の踊り』などが含まれていました。

フェスキの後は、パリ在住のクラウディウス・タラルが所有者となり、1847年にロンドンのクリスティーズのオークションに出品されました。このオークションで、この絵画は1,544ポンドという高値で落札されました。落札したのは、イングランド、ウエスト・ヨークシャーのブレットンホールの所有者であるトーマス・ウェントワース・バーモントでした。その後、この作品はバーモント家の子孫たちに受け継がれました。

1937年、美術品コレクターのジョセフ・デュヴァンが、第三代アレンデール子爵チャールズ・バーモントから『キリスト降誕』という作品名でこの絵画を購入しました。デュヴァンは315,000ポンドと手数料5,000ポンドを支払い、購入しました。当時のデュヴァンの美術顧問であったベルナルド・ブレンソンは、この作品をティツィアーノのものと鑑定し、ジョルジョーネ作とするデュヴァンと対立しました。その後、デュヴァンは1938年に、デパート業界の有力者サミュエル・クレスにこの作品を400,000ドルで売却しました。クレスは、1939年にこの作品をナショナル・ギャラリー・オブ・アートに寄贈しました。

作者の同定を巡る議論

『羊飼いの礼拝』の作者を巡る議論は、長年にわたり続いています。1871年に出版された美術史家ジョゼフ・アーチャー・クロウとジョヴァンニ・バッティスタ・カヴァルカセッレの著書では、この作品がジョルジョーネの作品として紹介されています。しかし、ベレンソンは1894年に、この作品をヴィンチェンツォ・カテーナの作品である可能性が高いとしました。1912年には、ロジャー・フライがこの作品をジョヴァンニ・カリアーニの作品である可能性を示唆しました。その後、ベレンソンは自らのカテーナ説を撤回し、この作品はティツィアーノの初期作品である可能性が高いとしました。しかし、ジョルジョーネの表現が見られることも否定できないと述べています。

その後、ベレンソンは1957年に、この作品がジョルジョーネの作品であると以前の鑑定を訂正しました。1979年にナショナル・ギャラリー・オブ・アートは、専門家による鑑定結果として、この作品をジョルジョーネの真作であると結論付けました。この作品は、その作者を巡る複雑な議論を経て、現在ではジョルジョーネの代表作として広く認識されています。

脚注

* 出典: ナショナル・ギャラリー・オブ・アートの所蔵作品解説、美術史関連書籍など

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