老巡査

老巡査

「老巡査」とは、夢野久作が手掛けた短編小説で、1932年12月に『オール讀物』に掲載されました。この作品は、一見平凡でさえない老巡査を主人公にし、彼の視点から描かれたストーリーです。物語は、彼が夕暮れの街を歩いていると、足元に見つけた金口の煙草を踏みつけてしまうところから始まります。この小さな行動が、彼の将来を大きく変えてしまうのです。

老巡査は、その後発生した殺人事件を見逃してしまい、その結果未解決事件となります。この責任を問われ、彼は警察をクビになってしまいます。人生の転機を迎えた彼は、工場の門番として新たな職に就くことになりますが、心の中には常に未解決事件の重圧が存在しました。

特にある日、新聞を目にした老巡査は、自分が見逃した事件の犯人が京阪地方で再び罪を犯していることを知ります。この知らせは彼の心にさらなる重荷をもたらし、彼は無気力感に苛まれていきます。彼はただぼんやりと硝子戸を眺め、思考はその事件や自らの無能力に向かいます。

視線の先には、製薬会社の頑丈なコンクリート壁に寄りかかっている三人のルンペンがいます。このうちの一人が、彼が踏みにじった金口の煙草を吸っているのに気づきます。興味を引かれた老巡査は、彼らの元に近づき、会話が始まります。この中で、彼は神戸に行ったことがある殺人犯の情報を得るのです。

物語は、老巡査が過去の出来事を思い起こし、失った責任感や自己嫌悪を強く再認識する過程を描写しています。彼が事件の真相に迫るにつれて、過去の未解決な問題と向き合うことがどれほど難しいのかが浮き彫りになります。

この短編は、夢野久作特有の独特の視点で書かれており、何気ない日常の中に潜む深い心理描写が魅力です。老巡査の内面的な葛藤が、彼なしでは語れない数々の事件とともに描かれ、最後には彼自身の成長を感じさせるような余韻を残します。

作品全体を通じて、夢野は運命や選択の重さ、そして見逃しから生じる痛みを描き出しています。老巡査という一人の人物を通じて、我々は人間の業や社会との関わり、そしてその中での個の役割について考えさせられます。このように、多層的なテーマを扱いつつ、鋭い洞察を持つ夢野久作の筆致が光る作品です。

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