聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画

『聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画』は、初期フランドル派の巨匠ヒエロニムス・ボスが1497年頃に制作した油彩の三連祭壇画です。この作品は、『聖リベラータの三連祭壇画』や『聖女殉教の三連祭壇画』とも呼ばれてきました。長らく主題となった聖女の正体が謎とされていましたが、近年の研究により、聖ウィルゲフォルティスを描いたものであることが確実視されています。

作品の構成と描写

中央パネルには、群衆が見守る中で磔刑に処される聖女が描かれています。この構図はイエス・キリストの磔刑を想起させ、聖女は空を背景に高く掲げられ、救済を求めて天を見上げています。失神した男性が隣人に支えられる様子や、死刑執行人、一般の人々が十字架の下に集まる様子が描かれ、画面全体のバランスが保たれています。

かつてこの磔刑に処された女性は、ローマ市民エウセビオスのカルタゴ奴隷であったコルシカの聖ユリアであると考えられていました。聖ユリアは異教の神々の崇拝を拒否したため、政務官フェリックスによって十字架上で磔にされたと伝えられています。

2013年から2015年にかけて行われた修復作業では、聖女に髭があることが判明し、聖ウィルゲフォルティスであるという説が強まりました。聖ウィルゲフォルティスは、父親に強いられたイスラム王との望まぬ結婚を避けるため、純潔を誓い、自らの美しさを失うよう祈ったとされています。奇跡的に聖女の顔に髭が生えたことで婚約は破棄されましたが、怒った父親によって彼女は十字架にかけられたと伝えられています。

両翼パネルは、中央パネルの半分のサイズで構成されています。左翼パネルには、黒いフードをかぶった隠者が描かれており、瞑想している聖アントニウスであると考えられています。隠者は、火災から逃げる人々がいる街の手前にある欄干の上に座っています。右翼パネルには、伝統的に奴隷商人とされる修道士と兵士が描かれ、中央パネルを指し示しています。背景には港が描かれており、空想的なドーム型の建築物や、沈没した船が見えます。X線撮影と赤外線リフレクトグラフィーによる科学的調査では、当初両翼パネルには寄進者と思われるひざまずいた男性の肖像画が描かれていたことが判明しましたが、ボスによって塗りつぶされたと考えられています。

中央パネルの左下には、「ヒロニムス・ボス」（Jheronimus bosch）という署名が記されています。扉を閉じた際に現れる両翼パネル裏面の図像は、残念ながら失われています。

制作年代と来歴

制作年代については長らく議論されてきましたが、年輪年代学の分析により1497年頃と特定されました。一部の歴史家は、ボスが北イタリアへの短期旅行中にこの作品を描いたと考えていますが、フランドルで活動するイタリアの貿易商や外交官の依頼で制作された可能性が高いとされています。

この三連祭壇画は火災による損傷が見られますが、ボスの作品であることに異論はありません。ボスの署名が入っている数少ない絵画の一つとしても知られています。

この作品に関する最初の記録は、1771年に出版された論文『Della pittura veneziana』に記載されており、ドゥカーレ宮殿のサラ・デッレチェルソ・トリブナーレに飾られていたと記されています。その後、1838年にヴェネツィアがオーストリア領であった時代にウィーンに運ばれましたが、1919年にヴェネツィアに返還され、現在はヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されています。

聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画