股旅'78

股旅'78

「股旅'78」（またたび ななじゅうはち）は、1978年5月25日にビクター音楽産業（現JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント）から発表された、橋幸夫の通算137枚目にあたるシングル盤です（当時の製品番号はSV-6415）。

この楽曲は、橋幸夫と作詞家・阿久悠が進めた、股旅歌謡をテーマとした一連のプロジェクトから生まれました。両者は前年に既にシングル「股旅グラフィティ さらば渡り鳥」や同名のアルバムで阿久悠による股旅作品を発表していましたが、さらにこの分野を深掘りし、本格的なオリジナルアルバムの制作に着手。その成果が、本作の表題曲も収められたアルバム『またたびの詩』（副題：橋幸夫オリジナル'78）です。

アルバム『またたびの詩』は、「ニュー股旅」という斬新なコンセプトを掲げて企画されました。収録曲は全て阿久悠が作詞を担当し、作曲は井上忠夫（後に井上大輔として知られる）をはじめとする6名の著名な音楽家が、それぞれ2曲ずつ提供するという競作形式で制作されました。橋幸夫からの依頼を受けた阿久悠は、「全くの架空であり、大いなる嘘であるSF股旅を主軸に据える」ことを条件に提示し、その上で、現代的な感性を持つ旅ガラスを主人公にした全12篇の作品を書き上げました。これらの作品群の中から、本作「股旅'78」を含む計4曲がシングルとして選ばれ、発表に至っています。

表題曲である「股旅'78」は、アルバム『またたびの詩』における「ニュー股旅」コンセプトを最も象徴する楽曲と言えます。「これまでの股旅歌謡の常識を覆し、新しい股旅の世界を徹底的に追求する」という強い意志が込められ、音楽的な面では、当時の流行であったディスコサウンドと伝統的な股旅歌謡の要素を大胆に融合させるという、実験的かつ革新的な試みがなされました。

その独特の世界観は、シングルのジャケットデザインにも表現されています。描かれているのは、伝統的な長脇差や三度笠、合羽姿に加え、パンタロンに手甲、脚絆を纏い、帯を締めるという、新旧のスタイルが入り混じった旅人の姿です。これは、まさに「ニュー股旅」というコンセプトを視覚化したものでした。

楽曲の作曲は、かつてジャッキー吉川とブルー・コメッツのメンバーとして活躍し、後に井上大輔として多数のヒット曲を生み出すことになる井上忠夫が担当しました。井上忠夫は、本作の2作前のシングル「泥んこ」で初めて橋幸夫に楽曲を提供しており、本作は彼にとって橋幸夫との2度目の共演作品となりました。編曲は高田弘が手がけ、楽曲にディスコテイストを加えています。

作詞を手がけた阿久悠は、後年この一連の股旅作品について振り返り、その挑戦について言及しています。彼は、「橋幸夫が歌う旅ガラス像は、映画や劇画のような世界観を持ち、ついにはSF的な要素さえ取り入れられた」と述べ、これは昭和53年（1978年）という時代に股旅の旅ガラスを登場させるための必然性を懸命に模索した結果であると解説しています。「一見奇妙な股旅物かもしれないが、決して単なるゲテモノなどではなく、井上忠夫さんの作曲、高田弘さんの編曲によるサウンドも非常に格好良い仕上がりだった」と語り、その実験的な試みに自信を覗かせています。

本作「股旅'78」は、アルバム『またたびの詩』のリリースに先立ち、約1ヶ月前の1978年5月25日にシングルとして先行発表されました。カップリング曲（c/w）は「さすらいびとの数え歌」であり、こちらも表題曲と同様に阿久悠が作詞、井上忠夫が作曲、高田弘が編曲を担当した作品です。この楽曲もまた、アルバム『またたびの詩』からのシングルカット曲となっています。

「股旅'78」は、オリジナルアルバム『またたびの詩』の他、様々なベストアルバムや企画盤にも収録されており、そのユニークな音楽性が後年も評価されています。代表的な収録アルバムとしては、以下のものが挙げられます。

『橋幸夫が選んだ橋幸夫ベスト40曲』（2000年）
『元祖！リズム歌謡』（2005年）
『橋幸夫 ザ・ベスト』（2012年）
芸能生活45周年記念盤『歌の架け橋』（2005年）
* 『翼 -60th Anniversary Premium Box-』Disc1「旅」（2020年）

このように、「股旅'78」は、当時の音楽シーンにおいて、伝統的な股旅歌謡というジャンルに現代的な感性や流行を大胆に取り入れようとした、橋幸夫と阿久悠、そして井上忠夫や高田弘といった音楽家たちの革新的な試みを象徴する楽曲として、今日でも特筆すべき存在と言えるでしょう。

もう一度検索