自己否定論

自己否定論：日本の新左翼思想とその影響

自己否定論は、1960～70年代の日本の新左翼運動において台頭した思想です。学生運動を担った左翼学生が、自らの「恵まれた」立場を自覚し、社会の弱者に対する加害者意識を持つに至ったことから生まれた概念です。彼らは、学生という身分を否定することで、弱者と連帯し、社会変革を目指しました。

学生運動と自己否定

高度経済成長期の日本において、学生運動は社会変革の重要な担い手でした。しかし、運動の主体である学生自身が、社会の特権階級の一員であるという矛盾に直面します。この矛盾を克服するため、自己否定論は、自らの立場を批判的に吟味し、社会における特権性を放棄することで、真の革命家として行動することを主張しました。自己否定論の登場以降、新左翼は反差別闘争に力を入れるようになり、社会運動の方向性を大きく変えました。

右転向した佐藤勝巳は、共産党初期世代の朝鮮人との連帯活動に触れ、当時の贖罪意識の欠如を指摘しています。彼は、社会民主主義者たちの帝国主義への加担への負い目と劣等感を、自己否定論の背景にある贖罪意識の根源と分析しました。

反日亡国論への発展

自己否定論は、やがて極端なナショナリズム批判へと発展し、反日亡国論を生み出しました。この思想は、日本軍の侵略戦争への加担という歴史的負債を強調し、日本そのもの、ひいては日本人自身の存在を否定するに至ります。活動家たちは、祖父母の世代が加担した帝国主義的侵略行為への責任を負うと主張し、日本という国家・民族を徹底的に批判、解体すべきだとしました。

この思想は、自分たちの行為を道徳的に正当化するための手段として機能していました。「日本という犯罪国家を批判し、解体しようとしている自分たちは正義である」という自己肯定が、自己否定論の裏側に潜んでいました。

テロと社会への影響

1970年代には、東アジア反日武装戦線などの新左翼グループによるテロ事件が相次ぎました。彼らは、「自己否定」をしない一般国民をも「道徳的劣位者」と断罪し、無差別なテロ行為を行ないました。東アジア反日武装戦線の小冊子『腹腹時計』には、一般日本人を帝国主義者、侵略者として断罪する記述が見られます。

転向した外山恒一は、「日本人であること自体が罪である」という自己否定論の歪みを指摘し、第三世界人民への盲目的な奉仕を目的とした倒錯した思想と批判しています。東アジア反日武装戦線は、同時に「反日共和国」という右翼団体と表現されるなど、その思想の複雑さを示しています。

学界への影響と現代

自己否定論の影響は、学界にも及びました。特に、朝鮮半島の民族主義史観に同調する左派系学者が増加しました。しかし、マルクス主義の衰退とともに自己否定論の見直しも進み、安易なヘイト本が流行するなど、歴史研究は混乱を極める状況にあります。

まとめ

自己否定論は、日本の新左翼運動において重要な役割を果たした思想でした。しかし、その極端なナショナリズム批判は、反日亡国論という危険な思想を生み出し、テロ事件など社会に多大な被害をもたらしました。自己否定論の持つ複雑な側面と、その歴史的背景を理解することは、現代社会においても重要な課題です。自己否定論は、単なる歴史的現象としてだけでなく、現代社会におけるアイデンティティやナショナリズムの問題を考える上で重要な示唆を与えてくれるでしょう。 自己否定論の研究は、歴史を正しく理解し、未来への教訓とするために不可欠です。

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