自己奉仕バイアス

自己奉仕バイアス（じこほうしバイアス）

自己奉仕バイアス（英語: Self-serving bias）とは、人間が自身の経験について原因を判断する際に生じる、自己に都合の良い偏りを指します。

具体的には、何かうまくいった「成功」については、それを自分自身の才能や努力といった「内的な要因」のおかげだと考えがちですが、逆に目標が達成できなかったり、何かミスをしたりといった「失敗」の場合には、不運な状況、予期せぬ出来事、あるいは他人のせいといった「外的な要因」に原因を求めやすいという傾向のことです。このバイアスは、単に出来事の原因を分析するだけでなく、曖昧な情報を無意識のうちに自己に有利になるように解釈しようとする形で現れることもあります。

この心理的な偏りは、人間の普遍的な傾向として多くの場面で観察されます。

具体的な例と関連概念

自己奉仕バイアスは、日常生活や社会的な状況で様々な形で現れます。

学業における例: 試験で良い成績を取った生徒は、「自分が賢いから」「しっかり勉強したから」と成功を自身の能力や努力に帰属させます。一方、成績が悪かった生徒は、「先生の教え方が悪い」「問題が難しすぎた」「体調が悪かった」といった外的な要因に失敗の原因を求める傾向があります。
職場における例: プロジェクトの成功はチームや個人の手腕のおかげと見なされる一方、失敗は予算不足、他部署の非協力、市場の変化といった外部環境のせいにされがちです。また、労働災害が発生した場合、被害者自身は事故原因を外的な要因に帰する傾向がありますが、同僚や管理職は被害者自身の不注意などの行動に原因を求める傾向が見られます。

自己奉仕バイアスと関連性の深い概念に自己高揚バイアス（Lake Wobegon effect）があります。これは、多くの人が自尊心のよりどころとなっている分野で、自分は平均以上であると信じ込む傾向を指します。例えば、大多数のドライバーは自分は平均以上の運転技術を持っていると信じています。自己奉仕バイアスは、成功体験を通じて自己肯定感を高め、失敗体験から自己評価を守るという点で、自己高揚バイアスと共通する側面を持っています。

また、セルフ・ハンディキャッピングと呼ばれる行動も自己奉仕バイアスと関連があります。これは、失敗した場合に言い訳として使えるような、自分にとって不利な状況を意図的に作り出す行動です。例えば、試験前に「全く勉強していない」と公言することで、もし失敗しても「だから仕方ない」と外部に原因を求めやすくし、自己の能力への批判を避けようとします。

発生メカニズム

自己奉仕バイアスが発生する理由については、いくつかの説明が提案されています。

1. 動機付けの視点: 最も一般的な説明の一つは、自己肯定感（自尊心）を維持・向上させたいという動機に基づいているというものです。人は、自分自身を良く感じさせるような、心地よい原因説明を作り出そうとします。成功は自分のおかげだと考えることで達成感や自信が得られ、失敗は自分のせいではないと考えることで自尊心が傷つくのを防ぎます。
2. 印象管理の視点: 他者からどう見られるかを制御しようとする戦略としても説明されます。人は、他者に対して好意的な印象を与えたいと考えます。たとえ他者がその自己に都合の良い説明を完全に信じないとしても、自分を肯定的に語ることで、より良い評価を得ようとするのです。
3. 認知・記憶の視点: 記憶の基本的なメカニズムに関連しているという考え方もあります。成功の原因に関する情報は、自分の努力や能力といった内的なものに結びつけて記憶されやすく、失敗の原因に関する情報は、不運や他人の干渉といった外的なものに結びつけて記憶されやすい、あるいは外的な原因の方が思い出しやすい、といった記憶の偏りがバイアスを生むというものです。

歴史的視点と実験的証拠

A.V. Diceyは19世紀末の著作で、この種の心理的な偏りについて言及しています。彼は、「人の興味は、その心を堕落させるよりも判断にバイアスを与えることが多い… 人は自説を補強する証拠は過大評価して保持し、反対の証拠は過小評価するか全く顧みない。」と述べており、自己に都合の良い情報のみを選択的に認識・評価する傾向が、自己奉仕バイアスの根底にあることを示唆しています。

自己奉仕バイアスの存在を裏付ける実験研究は多数行われています。ある有名な実験では、被験者を自動車事故の原告側と被告側に見立て、損害賠償額を見積もらせました。結果として、原告側の被験者は被告側の被験者よりも、常に高い賠償額を予測し、請求額も高く設定する傾向が見られました。両者が協議し、合意に至らなかった場合には第三者の裁定となり、両者にとってコストが発生するという現実的な条件が設定されていたにも関わらず、自己に有利な立場で状況を解釈するバイアスが、賠償額の予測や主張に明確な差を生んだのです。この実験は、自己奉仕バイアスが交渉の場で対立を生み、合理的な合意形成を妨げる要因となりうることを示しています。

集団レベルのバイアスと関連概念

自己奉仕バイアスは個人レベルで働きますが、同様の偏りが集団レベルで働く場合もあり、これを集団奉仕バイアスと呼びます。集団の成功は集団自身の能力や努力によるものと考え、失敗は外部環境や他の集団のせいにする傾向です。

自己奉仕バイアスは、帰属理論における原因帰属のパターンを説明する重要な概念であり、認知バイアスの一種です。希望的観測や正常性バイアス、特定の状況下での被害者非難など、他の多くの認知バイアスとも関連が見られます。また、ダニング＝クルーガー効果（能力の低い人が自身の能力を過大評価する傾向）や、ナルシシズム、ヒュブリス（傲慢）といった性格特性や概念とも関連して議論されることがあります。

自己奉仕バイアスは、人間の自己認識や対人関係、集団間の相互作用において重要な役割を果たしており、その理解は、個人の行動や社会現象を読み解く上で不可欠です。

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