致死遺伝子

致死遺伝子

定義

致死遺伝子（ちしいでんし、英: lethal gene）とは、特定の個体がその遺伝子を保持することで、生存が不可能となる、あるいは極めて困難となる遺伝子の総称です。文字通り、生命活動に致命的な影響を与える遺伝子を指します。

遺伝と分離

生命を奪う性質を持つ遺伝子は、世代を超えて遺伝しにくいように思われるかもしれません。しかし、致死作用が劣性形質として現れるタイプの致死遺伝子の場合、その遺伝子を一つだけ持つヘテロ接合体の個体では、通常の生活を送ることができ、生存に影響が出ないことがあります。このような個体は、致死遺伝子を保因したまま生殖活動を行い、次世代にその遺伝子を伝える可能性があります。

もし両親がともに致死遺伝子をヘテロ接合体として持つ場合、メンデルの法則に従うと、生まれてくる子どものうち、両親から致死遺伝子を二つ受け継ぎホモ接合体となった個体が一定の確率で生じます。このホモ接合体は致死遺伝子の作用により、通常発生の早い段階で死に至るため、出生に至りません。その結果、実際に誕生する個体の遺伝子型や表現型の分離比は、メンデルの法則で予測される典型的な比率（例：優性ホモ：ヘテロ：劣性ホモ = 1:2:1）から外れ、ホモ接合体の表現型が観察されない、あるいは数が期待値よりも少ないといった歪んだ比率（例：2:1）として現れます。

発現の多様性

致死遺伝子がその効果を発現するタイミングは、遺伝子の種類によって様々です。生命の初期段階である配偶子の形成期に作用するものもあれば、受精卵から個体へと発生していく過程で致死性を示すもの、あるいは成熟した個体になってから影響が現れるものもあります。個体で発現する場合でも、胎児期や幼少期、繁殖期を迎える前、あるいは繁殖期を終えた後など、ライフサイクルの様々な段階で致死作用が引き起こされることがあります。

また、致死遺伝子の効果の強さにも幅があります。完全に生存を不可能にするものから、生存確率を著しく低下させるものの、全く生存できないわけではない「準致死遺伝子」や、生育や繁殖に不利な影響を与える「生存不利遺伝子」まで、その表現型には連続性が見られます。

具体例

キイロハツカネズミの毛色遺伝子

ハツカネズミの毛色に関わる遺伝子に、優性の黄色遺伝子Yと劣性の白色遺伝子yがあります。ヘテロ接合体のYyは黄色い毛色を示します。ところが、優性遺伝子Yを二つ持つホモ接合体YYの個体は、胚の発生初期である陥入期に致死となります。この遺伝子は、毛色に関しては優性として働く一方で、致死性に関しては劣性として働くという興味深い例です。

もし黄色いハツカネズミ（遺伝子型Yy）同士を交配させると、理論上は子どもに遺伝子型YY, Yy, yyがそれぞれ1:2:1の比率で生まれるはずです。しかし、YYの個体は生存しないため、実際に生まれてくる子どもはYy（黄色）とyy（白色）のみとなり、その表現型の分離比は2:1となります。

ハツカネズミには他にも、劣性ホモ接合体で桑実胚期に致死となる無尾遺伝子t'や、原腸形成期に致死となる無尾遺伝子t0が知られています。また、優性ホモ接合体で脊索の分化異常を引き起こし致死となる短尾遺伝子TやSdなども存在します。

ヒトの鎌状赤血球症遺伝子

ヒトのβ-グロビン遺伝子には、正常なヘモグロビンを作るA遺伝子と、異常なヘモグロビン（Sヘモグロビン）を作るS遺伝子があります。Sヘモグロビンは酸素濃度が低い状況で重合し、赤血球を鎌状に変形させます。遺伝子型SSの個体は鎌状赤血球が多量に生成され、重度の貧血や様々な臓器障害を引き起こす鎌状赤血球症を発症し、現代の適切な医療なしでは成人前に死亡することがほとんどでした（近年は治療法が進歩しています）。このことから、SS遺伝子型は広義の致死遺伝子と言えます。

一方で、遺伝子型ASのヘテロ接合体は、一部の赤血球が鎌状になるものの、通常は重篤な症状を示しません。さらに重要なのは、ASの個体はマラリア原虫が増殖しにくく、マラリアに対する強い抵抗性を示すことです。マラリアが広く流行している地域では、SSが致死であるにもかかわらず、ASの個体がマラリアに対する生存上の大きな有利さを持つため、S遺伝子は集団中から排除されることなく維持され、次世代に伝えられ続けています。これは、ヘテロ接合体の有利性（Heterozygote advantage）を示す典型的な例であり、致死遺伝子が必ずしも集団から消滅するわけではないことを示しています。

ニワトリのクリーパー遺伝子

ニワトリのクリーパー品種は、骨格の成長異常により足が短い特徴を持ちます。この形質はクリーパー遺伝子Cpによって引き起こされます。この遺伝子も、形質（足の短さ）に関しては優性として働く一方、致死性に関しては劣性として働きます。クリーパー遺伝子をホモ接合体（CpCp）で持つ個体は、骨格形成の著しい異常により胚の段階で致死となります。

これらの例からわかるように、致死遺伝子は生物の遺伝的多様性の一部であり、その作用や集団内での維持様式は多岐にわたります。

関連項目

* 遺伝

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