花子 (狂言)

狂言「花子」は、大蔵流と和泉流に伝わる、夫婦と太郎冠者を登場人物とした滑稽味あふれる狂言です。特に、婚礼の際に披露される狂言として知られており、現代においても広く親しまれています。

物語は、夫がかつて東国へ旅した際に、美濃国野上の宿で出会った遊女「花子」との逢瀬から始まります。夫は花子から再会の便りを手紙で受け取ります。しかし、妻に内緒で会わなければならないため、夫は巧妙な策略を思いつきます。

彼は妻に「一晩、座禅を組んで過ごす」と告げ、太郎冠者に自分の身代わりを頼みます。そして、妻の目を盗んで花子と逢引しようと企てるのです。

夫は太郎冠者に、座禅をするふりをしながら、妻の目を欺くよう指示します。太郎冠者は、やや不承不承ながらも、夫の頼みを聞き入れ、座禅の装束をまとい、座禅をするふりを始めます。

一方、妻は夫の言動を不審に思い、様子を見に行くことにします。座禅をしているはずの夫の部屋を訪れると、そこには太郎冠者が座禅を組んでいました。妻は夫の不貞を確信し、激しい怒りを覚えます。

しかし、妻は怒りを露わにするのではなく、驚くべき行動に出ます。彼女は太郎冠者と入れ替わり、座禅の装束を着て座禅を組み始めたのです。夫の策略を見破り、自ら夫の企みを阻止しようと、大胆な行動に出たのです。

夜が明けようとする頃、夫は花子との逢引を終え、部屋に戻ってきます。彼は、座禅を組んでいる太郎冠者（実際には妻）に、昨夜の花子との逢瀬を事細かに語り始めます。逢瀬の詳細な様子を聞かされた妻は、夫の軽率な行動と不貞行為への怒りをますます募らせていきます。

そして、ついに夫が座禅の装束を剥がそうとした時、そこには太郎冠者ではなく、怒りに燃える妻の姿がありました。夫の企みは、妻の機転によって見事に失敗に終わり、物語はユーモラスな結末を迎えます。

「花子」は、狂言ならではのユーモラスな展開と、妻の機転の効いた行動が魅力的な作品です。夫の策略と妻の機転の対比が、観る者に笑いと同時に、夫婦間の複雑な感情を考えさせる余地を与えてくれます。明治から大正時代には、歌舞伎の演目として『身替座禅』というタイトルで上演され、著名な役者たちによって演じられたことも知られています。現代においても、その軽妙洒脱な語り口と奥深いテーマは、多くの人々を魅了し続けています。

もう一度検索