若獅子戦

若獅子戦（わかじしせん）

「若獅子戦」は、将棋専門誌を発行していた近代将棋社が主催し、1977年から1991年にかけて開催された、若手プロ棋士のための公式棋戦です。将来を嘱望される若手棋士が実力を競う場として設けられ、多くの才能がここから巣立っていったことから、「若手の登竜門」として将棋界にその名を刻みました。

棋戦の形式と参加者

この棋戦の大きな特徴の一つは、参加資格が厳選されていた点にあります。出場できたのは、当時プロ棋士として四段以上の段位を持ち、かつ比較的年齢が若い棋士の中から、特に選ばれた13名でした。選抜方法は、概ね年齢の若い順であったとされており、まさに次世代を担う精鋭中の精鋭が集められました。

対局は、東京・千駄ヶ谷に位置する将棋会館内の特別対局室で行われました。この対局室は、通常、名人戦や竜王戦といった将棋界最高峰のタイトル戦で使用される場所であり、若手棋士にとっては極めて格式高く、普段経験することのない特別な舞台でした。対局形式も、タイトル戦さながらの雰囲気で行われ、記録係や立会人がつく中で行われる対局は、若手棋士に並々ならぬ緊張感をもたらしました。こうした環境での対局は、棋士としての精神面や集中力を鍛える上で、非常に貴重な経験となったと言えるでしょう。

「登竜門」としての実績

若獅子戦が単なる若手棋戦にとどまらず、「登竜門」とまで称されるようになった背景には、その後の優勝者たちの目覚ましい活躍があります。全12回の開催期間中、合計12名の棋士が若獅子の栄冠を掴みましたが、そのうち8名が後に将棋界の最高峰タイトルを獲得したり、プロ棋士の最高クラスであるA級順位戦に昇級したりしています。

この高い実績は、若獅子戦が単に若手を集めただけでなく、実際に将来のトップ棋士を見出す上で極めて有効な機能を持っていたことを証明しています。若獅子戦での優勝や活躍が、彼らに自信を与え、その後の飛躍の大きな足がかりとなったことは間違いありません。若獅子戦の優勝者リストは、そのまま後年の将棋界をリードした棋士たちの系譜を示すものとなりました。

印象深いエピソード

若獅子戦の歴史の中には、特に印象深いエピソードも残されています。例えば、記念すべき第一回若獅子戦の開幕カードは、当時の将棋ファンにとって非常に注目される一戦でした。

この対局に登場した伊藤果四段（当時）は、若獅子戦での対局のわずか二週間後に、別の重要棋戦である早指し選手権戦において、当時の将棋界の絶対的王者であった大山康晴棋聖（当時）への挑戦という大一番を控えていました。そのような状況下での若獅子戦出場でした。

さらに、伊藤四段はこの特別な対局に臨むにあたり、和服姿で対局室に現れました。公式戦において和服を着用するのは、主にタイトル戦など、極めて重要な対局に限られる慣例です。若獅子戦が将棋会館の特別対局室で行われ、タイトル戦に近い形式であったことも相まって、伊藤四段の和服姿は対局場の雰囲気を一層格式高いものにし、見る者に強い印象を与えました。この一幕は、若獅子戦が若手棋士にとってどれほど大きな意味を持つ舞台であったかを物語る逸話として語り継がれています。

他の「若獅子戦」との区別

将棋界には、本稿で解説するプロ棋士による若獅子戦とは別に、「若獅子戦」という名称の棋戦が存在した時期があります。特に、1971年度から開催されていた「奨励会若獅子戦」です。

しかし、この奨励会若獅子戦は、プロ棋士養成機関である奨励会に所属する奨励会員を対象とした棋戦であり、プロ棋士である四段以上が出場する本稿の若獅子戦とは全く異なる性質を持っています。名称が類似しているために混同されることがありますが、両者は対象者、目的、そして棋戦としての位置づけが全く異なります。

終わりに

若獅子戦は、1977年から1991年という限られた期間の開催ではありましたが、その存在は将棋界の若手育成において大きな意味を持ちました。格式高い舞台で若手精鋭が競い合い、そこから数多くのトップ棋士が誕生した実績は、「若手の登竜門」という評価に違わず、近代将棋社の将棋界への貢献を示す重要な棋戦として、その歴史は今も将棋史の一ページに刻まれています。

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