草谷

富山県南砺市、世界遺産にも登録された合掌造り集落が点在する五箇山地域。この豊かな自然に囲まれた地を流れる庄川には、多くの清流が流れ込んでいる。そのうちの一つが、今回解説する草谷（くさだん）である。草谷は庄川の重要な支流として知られ、かつての上平村（現南砺市）の西部地域一帯をその流域としている。地域の人々からは、古くから「くさだん」の名で親しまれてきた。

この川は、南砺市と岐阜県の県境に近い山々を水源とする。具体的には、猿ヶ山、大獅子山、タカンボウ山といった標高の高い山々からの雪解け水や雨水を集め、険しい山間部を縫うように北へと流れ下る。その流れには、滝谷や脇谷といった複数の支流が合流しており、これらの谷筋を総称して「赤尾谷」と呼ばれることもある。草谷は、蛇行を繰り返しながら五箇山地域を縦断し、最終的には西赤尾集落の付近で庄川本流へと注ぎ込んでいる。

草谷の最下流、庄川との合流地点近くには、地域の生活を支える重要な構造物である西赤尾橋が架けられている。この橋は、草谷を渡るために古くから必要とされてきた。最初の橋は昭和3年（1928年）に木製の吊橋として架設された記録が残っている。その後、時代の変化や技術の進歩に伴い、より安全で丈夫な橋が求められるようになり、昭和54年（1979年）に新たな橋が竣工された。この昭和後期に架け替えられた橋が、現在も地域の交通を担う存在として利用されている。

草谷の流域は、地形が非常に険しい山間部に位置しており、平地に乏しく、また水の便も必ずしも良好ではなかった。このような地理的な制約のため、近世までこの地域における水田の開発は他の地域に比べて大きく遅れていた。農地の確保は住民にとって長年の課題であったが、近代に入り、地域の発展を目指す人々の尽力によって状況が変化する。特に、地元岩瀬家の当主であった岩瀬十平・十次郎父子、そして行徳寺の住職を務めていた道宗竜明といった人々が、開墾事業の中心となって活動した。彼らは、困難な地形に立ち向かい、灌漑施設の整備などにも取り組みながら、新たな農地の開墾を推進したのである。彼らの情熱と労苦によって、草谷流域の農業生産は少しずつ向上し、地域住民の生活を支える基盤が築かれていった。

また、過去には草谷の下流域において、地下資源の可能性を探る動きもあったことが記録から読み取れる。大正時代には、この地域で鉱山の試掘が行われたという記録が存在する。具体的な鉱物の種類や試掘の規模、その後の展開などについて詳細は明らかではないが、当時の人々が地域の様々な可能性を模索していた一端を示すものと言えるだろう。

草谷は、庄川の支流として五箇山地域の自然景観の一部を形成するだけでなく、流域住民の歴史と生活にも深く関わってきた河川である。険しい地形の中での開墾の歴史や、交通の要衝としての西赤尾橋の存在など、草谷とその流域は、五箇山の厳しい自然とそこに暮らす人々の営みの歴史を静かに今に伝えているのである。

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