薬指の標本 (映画)

薬指の標本

『薬指の標本』（原題：フランス語: L' Annulaire）は、日本の作家である小川洋子の同名小説を基に、フランスの女性監督ディアーヌ・ベルトランがメガホンをとった2005年公開のフランス映画である。人間の記憶や思い出の品を独特の手法で標本化する工房を舞台に、指先を失った若い女性がそこで働くうちに、謎めいた標本士へと深く傾倒していくさまを描く。原作が持つ静謐ながらもどこか不穏な雰囲気はそのままに、映画独自の映像表現によって幻想的な世界観が構築されている。

製作

本作は、小川洋子の原作小説を映画化するにあたり、ディアーヌ・ベルトラン監督が脚本も兼任した。原作の世界観を尊重しつつも、映画的な表現を加えるため、物語には原作にはないシーンや設定が幾つか加えられている。しかし全体としては、原作の核となるテーマや主要な展開が忠実に再現されている点が特徴として挙げられる。

主人公イリスを演じたのは、当時無名であったオルガ・キュリレンコ。本作が本格的な映画デビュー作となった彼女は、繊細かつミステリアスな魅力を放ち、その演技は高く評価された。特に、2006年のブルックリン国際映画祭では最優秀女優賞を受賞しており、国際的な注目を集めるきっかけとなった作品でもある。劇中で繰り返し登場する象徴的なアイテムに言及した「この靴をはいたまま、彼に封じ込められていたいんです。」というキャッチコピーも印象的である。

音楽は、イギリスのトリップホップユニット、ポーティスヘッドのヴォーカルであるベス・ギボンズが担当しており、作品全体のどこかもの悲しく、退廃的なムードを一層引き立てている。

ストーリー

物語は、21歳の若い女性イリスの平凡な日常から始まる。彼女は炭酸飲料の工場で働いていたが、ある日、作業中の予期せぬ事故により、左手の薬指の先端を失ってしまう。この出来事がきっかけとなり、イリスはそれまでの生活を清算し、見知らぬ町へと移り住むことを決意する。

新たな土地で生活を始めるイリスは、仕事を探す中で奇妙な求人広告を見つける。それは、森の奥にひっそりと佇む、かつて女子寮として使われていた古い3階建ての建物にある標本室での、「標本作製助手」の募集であった。広告に記された住所を訪ね、ベルを鳴らすと、白衣をまとった「標本士」と名乗る人物が現れる。彼はイリスを工房へと招き入れ、自身の助手を求めていることを説明する。標本士のどこか見定めるような視線、彼の纏う危うげな雰囲気、そして提示された破格の高待遇の雇用条件に、イリスは戸惑いを隠せない。しかし、彼女は翌日からこの奇妙な場所で働くことを承諾する。

標本室がある建物は、標本士が元女子寮の一部を買い取り工房としたもので、他の区画には数人の住民が暮らしている。この工房で作られる標本は、依頼主から預かった思い出の品などを加工したものであり、完成後も依頼主には返却されず、標本室内の棚に整然と保管される。依頼主はいつでも自身の標本を見に来ることができるとされているが、実際に訪れる者は極めて少ないという。人々は自身の内にある特定の「思い出」から解放されるために、その象徴となる品を標本にするのだと標本士は語る。標本となる品々は風変わりなものが多く、「焼け跡に生えていたキノコ」といった、個々の人生における強烈な出来事と結びついたものが並べられている。

標本室での生活に馴染み始めたある日、イリスは地下の浴室で標本士から一足の赤い靴をプレゼントされる。標本士は自らの手でイリスが履いていた靴を脱がせ、その赤い靴を履かせながら「いつも履いていてほしい」と囁く。この出来事を境に、イリスは標本士に対し次第に強い感情を抱き、彼に深く魅了されていく。

しばらく時間が経過した頃、以前「焼け跡に生えていたキノコ」の標本製作を依頼した少女が再び工房を訪れる。少女は火事で家族を失っており、その悲劇の象徴としてキノコを標本にしていた。今回、少女はさらに衝撃的な依頼をする。それは、自身の顔に残る「火傷の痕」を標本にしてほしいというものだった。標本士は少女の依頼を受け入れ、二人は標本室の地下にある、誰も入ることが許されない特別な部屋へと姿を消す。

数日が経っても、少女は地下室から出てくる気配がない。標本士と少女の動向が気になり、焦燥感を募らせるイリスは、自身も地下室に入りたいと標本士に懇願する。しかし、標本士はその願いを決して聞き入れようとはしなかった。追い詰められたイリスは、ついに自身の最も大切な一部である、事故で先端を失った「薬指」そのものを標本にして欲しいと標本士に依頼する。標本製作の手続きを全て済ませたイリスは、標本士が待つ地下室へと、迷いなく足を踏み入れていくのだった。

キャスト

イリス: オルガ・キュリレンコ
標本士: マルク・バルベ
船員コスタ: スタイプ・エルツェッグ
ホテルの主人: ハンス・ジシュラー
223号室の婦人: エディット・スコブ
309号室の婦人: アンヌ・ブノワ
靴磨きの男: ソティギ・クヤテ
きのこを持った少女: ドリア・アカー
少年: ルイ・ド・ヴィンター

スタッフ

監督・脚本: ディアーヌ・ベルトラン
製作: ブリュノ・ベルテミ
原作: 小川洋子
音楽: ベス・ギボンズ（ポーティスヘッド）
撮影: アラン・デュプランティエ
美術: ティエリー・フランソワ
衣装: パスカリーヌ・シャヴァンヌ
編集: ナタリー・ラングラード

外部リンク

薬指の標本 - allcinema
薬指の標本 - KINENOTE
L'annulaire - IMDb (英語)

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