蟹の横歩き

蟹の横歩き (Im Krebsgang) の概要

『蟹の横歩き』は、ドイツの著名な作家ギュンター・グラスによって2002年に発表された小説です。この作品は、ナチス・ドイツが終焉を迎える1945年に実際に起こった、ヴィルヘルム・グストロフ号事件という悲劇的な海難事故を中心に展開されています。グラスはこの事件を通じて、戦争の影響やその後の社会的・政治的な背景を掘り下げ、深いメッセージを伝えています。

あらすじ

1945年1月30日、ソ連軍による攻撃から逃れるため、東プロイセンに住むドイツ人避難民たちが、ゴーテンハーフェン港（現在のポーランド・グディニャ港）からヴィルヘルム・グストロフ号に乗り込みました。この船には1万人以上の避難民が詰め込まれていました。彼らは苦境にある母国の未来を模索し、希望を抱いてこの航海に出発しました。

しかし、その夜、彼らを乗せたグストロフ号は、ソ連の潜水艦S-13に攻撃され、沈没してしまいます。この海難事故によって、9千人を超える命が失われるという、葉のリストのようなの悲劇が展開されたのです。その中で、九死に一生を得た妊婦のトゥラは、救助船の上で無事に男児を出産し、その子をパウルと名付けました。

この事件は、単なる海難事故として語られることが少なく、ドイツの戦争犯罪についての複雑な歴史や、政治的状況と結びついています。ナチスを賛美するネオナチたちは、この事件の意味をねじ曲げ、自己の立場を正当化するための道具として利用してきました。こうした問題を描くことで、グラスは単なる歴史の再現ではなく、現代における歴史認識の在り方に一石を投じています。

物語はトゥラの生涯を中心に進み、彼女がパウルに自身の体験を語り、次世代にその思いを伝える過程を描き出しています。しかし、ある日、パウルはインターネットで出会ったネオナチのサイトで、自身の子供コニーがそのサイトでグストロフ号の話をしていることに気づいてしまいます。この発見は、彼にとって予想外の衝撃となり、家族の歴史やアイデンティティの再考を促します。

書誌情報

この作品は、原語である『Im Krebsgang』（Steidl Verlag, Göttingen, 2002）に基づいており、日本語訳は池内紀による『蟹の横歩き―ヴィルヘルム・グストロフ号事件』が2003年に出版されました（ISBN 4087733831）。

『蟹の横歩き』は、ただの歴史小説ではなく、戦争の悲惨さとその影響、人々の記憶やアイデンティティの葛藤を浮き彫りにする重要な作品として、多くの読者に受け入れられています。そして、過去の出来事に新たな光が当てられることで、未来に向けた考察が深まる一助となるでしょう。

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