装飾評伝

装飾評伝

概要

松本清張の短編小説『装飾評伝』は、1958年に発表された作品で、当時の文壇で注目を集めました。この作品は、フィクションと実在の境界を探る内容となっており、著者の鋭い観察力が光ります。

あらすじ

物語は、主に昭和6年に亡くなった異端の画家である名和薛治を調査する作家の視点から展開します。主人公は名和の親友、芦野信弘の死去を知り、彼の遺族に会いに行くことを決意します。芦野の家を訪れた主人公は、彼の娘である陽子と対面しますが、彼女は冷淡な態度で応答します。それにもかかわらず、主人公は陽子との関係を通じて名和の人生に迫る決意を新たにし、彼の過去を探る旅を始めます。

名和はかつて名声を誇った画家でしたが、昭和3年以降、作品をまったく描かず、花街での酒浸りの生活に陥ってしまったことが分かります。なぜ彼がそのような変わり果てたのか、主人公はその謎を追求します。葉山光介という名和の友人のところを訪れた際、彼の言葉から名和と芦野の関係についての暗示的な真実が浮かび上がります。葉山は芦野に対し「名和と知り合って駄目になった」と語り、さまざまな思惑が交錯する人間関係を描きます。

エピソード

本作は、一般的な伝記作品が抱える虚飾の実態を浮き彫りにすることを目指しています。作者の意図は、実在の人物を取り巻くストーリーが持つ主観的な色合いを拒否し、真実に近づくことです。松本は、「伝記物の多くには著者や編者の主観が介在し、評価の際に批評が排除されることが多い」と指摘し、これを「装飾的」と批判しました。

作品のモデルについては、岸田劉生ではないかという説もありましたが、松本はそれに対してさまざまな人物の特徴を組み合わせているため、特定のモデルを挙げることには抵抗があると述べています。同時に、平野謙などの文芸評論家が指摘するように、本作は実在の人物を基にしたリアリティを持つ一方で、純粋なフィクションとして扱うこともできる作品とされています。

美術評論家の田中穣は、「装飾評伝」の世界に触れ、大正から昭和初期の日本洋画壇の姿が映し出されている点を指摘しています。この作品は、ただのフィクションではなく、当時の美術界の実情を透視させる力を持っています。

最後に、日本近代文学研究者の花田俊典は、この作品がフィクションであることを認めつつも、名和の晩年の混乱を性愛の感情と結びつけている点に注目しています。このように、『装飾評伝』は単なる短編小説に留まらず、多層的な解釈を可能にする作品として、松本清張の文学の中でも特異な位置を占めています。

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