補償原理

補償原理とは、社会や経済の状況が変化する際に、その変化が受け入れられるかどうかを判断するための経済学的な考え方です。具体的には、「補償」という概念を用いて、変化による影響を評価します。

通常、社会経済状態の変化は、誰かが利益を得る一方で、別の誰かが損失を被るという状況が伴います。このような場合、全員が幸福になる変化（パレート改善）は非常に稀です。従来のパレート基準では、このような変化を評価することができませんでした。そこで、パレート基準の限界を補うために、補償原理に基づくカルドア基準とヒックス基準が導入されました。

カルドア基準

カルドア基準は、変化によって利益を得る人が、損失を被る人にその損失を補償することを想定します。もし補償を行ったとしても、なお利益が残るならば、その変化は社会全体として望ましいと判断します。つまり、利益を得る側が、損失を被る側を「仮に」補償できるのであれば、その変化は是認されるべきだ、という考え方です。

ヒックス基準

一方、ヒックス基準は、変化によって損失を被る人が、その変化を阻止しようとする状況を想定します。もし変化によって利益を得る側が、損失を被る側の逸失利益を補償しようとしても、パレート優位な状況を作り出せない場合、その変化は是認されるべきと判断します。言い換えれば、変化を逆方向に進めた場合にカルドア改善が見られない状況を指します。

シトフスキー・パラドックス

カルドア基準またはヒックス基準のどちらか一方だけを用いると、ある状態から別の状態への変化が是認されるにもかかわらず、その逆の変化もまた是認されるという矛盾が生じることがあります。これをシトフスキー・パラドックスと呼びます。この矛盾を解消するために、シトフスキーの二重基準が提案されました。

シトフスキーの二重基準

シトフスキーの二重基準では、カルドア基準とヒックス基準の両方が是認する変化のみを是認します。この基準を導入することで、社会状態が行ったり来たりする矛盾は解消されます。しかし、シトフスキーの二重基準でも、推移律を満たさないというゴーマン・パラドックスが存在します。

ゴーマン・パラドックス

ゴーマン・パラドックスは、シトフスキーの二重基準を用いても、複数の社会状態の間で整合的な順序付けができないという問題を示しています。この矛盾は、サミュエルソンによって克服が試みられました。

補償原理における「補償」

補償原理における「補償」は、あくまで仮説的なものであり、実際に補償を行う必要はありません。重要なのは、変化によって利益を得る側が、損失を被る側を補償できるかどうかという潜在的な可能性です。しかし、この考え方は現実の政策にも応用することができます。

補償原理の現実への応用例

例えば、貿易自由化を考えてみましょう。貿易自由化によって競争が激化すると、消費者はより安く商品を購入できるようになり、利益を得ます。一方で、国内の生産者は競争に晒され、損害を被る可能性があります。もし政府が消費課税を導入し、その税収で生産者の損害を補填してもなお、社会全体として利益が残るならば、貿易自由化はカルドア基準によって是認されると判断できます。このように、補償原理は政策決定における重要な判断基準となり得ます。

補償原理は、社会経済状態の変化を評価するための重要な概念であり、カルドア基準、ヒックス基準、シトフスキーの二重基準など、様々な基準が議論されてきました。これらの基準は、社会の変化がもたらす影響を多角的に捉え、より良い社会を目指す上で、重要な役割を果たしています。

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