裸体婦人像

黒田清輝『裸体婦人像』：裸体画を巡る騒動と作品解説

作品概要

黒田清輝の『裸体婦人像』は、1901年（明治34年）に制作された油彩画です。この作品は、縦116.2センチメートル、横89.0センチメートルのカンヴァスに描かれており、裸婦をモチーフとしています。作品は、黒田がパリで制作し、帰国後に白馬会展に出展しました。しかし、その展示がきっかけとなり、裸体画に対する社会的な議論を呼ぶこととなりました。

作品は、室内のクマの毛皮の上に座る裸婦を描いています。婦人は、左脚を曲げ、右脚を少し伸ばした状態でくつろいでおり、上体は正面を向いているものの、顔は少しうつむき加減です。身体は白く豊満に描かれ、髪はブロンドで輝いています。背景には、アール・ヌーヴォー風の模様が施された布が描かれており、画面右上に署名と年記があります。この作品は、当時としては大胆なテーマと表現であったため、大きな注目を集めました。

制作背景

1896年、黒田清輝は東京美術学校の西洋画科指導教官に就任し、日本の洋画壇をリードする立場となりました。彼は、日本に西洋美術を根付かせるため、裸婦画を制作し、展覧会に出展することを試みました。

1899年にはパリ万国博覧会の日本出品鑑査官に任命され、翌年には文部省からフランス留学を命じられました。留学中、黒田はパリでアトリエを構え、油彩画やパステル画の制作に励みました。その中で『裸体婦人像』も制作され、1901年1月から2月ごろに完成しました。

腰巻き事件

1901年10月、第6回白馬会展に『裸体婦人像』が出展されました。しかし、この作品は警察の取り締まり対象となり、裸像の下半身を布で覆い隠す「腰巻き事件」を引き起こしました。警察は、裸体画が風俗を乱すとして、展示に制限を加えました。これに対し、黒田や白馬会のメンバーは、芸術としての裸体画の普及を目指し、警察と対立しました。最終的に、作品の下部に板囲いを設置するなどの措置が取られました。

この事件は、当時の日本社会における美術に対する理解の低さを示し、大きな議論を呼びました。新聞各社は警察の対応を批判し、芸術に対する理解の必要性を訴えました。

作品の評価と特徴

『裸体婦人像』は、黒田の画風の変化を示す作品としても評価されています。1890年代には寒色系の顔料を多く使用していた黒田が、1900年以降は暖色系の顔料を多く使用するようになりました。また、背景は平面的に仕上げられており、奥行きを強調しない作風が特徴です。

西洋の画家コランは、かつて黒田の作品『智・感・情』を厳しく評価しましたが、『裸体婦人像』については高く評価したと言われています。黒田自身も、この作品に対するコランの評価を誇りに思っていたようです。

作品の影響

「腰巻き事件」は、その後の日本の裸体画に大きな影響を与えました。裸体画の表現は制限され、下半身を布で覆ったり、上半身のみを描いたりする作品が多くなりました。また、裸体画を展示するための特別室が設けられるようになるなど、裸体画に対する取り扱いが変化しました。

黒田清輝の『裸体婦人像』は、日本の洋画史において重要な作品であり、芸術と社会の関係を考える上で、欠かせない存在と言えるでしょう。この作品は、静嘉堂文庫美術館に所蔵されており、今日でも多くの人々を魅了しています。

まとめ

黒田清輝の『裸体婦人像』は、その芸術性だけでなく、展示を巡る「腰巻き事件」によっても記憶される作品です。この事件は、当時の日本社会における美術に対する認識の低さを露呈すると同時に、芸術表現の自由について深く考えるきっかけとなりました。黒田の作品は、日本の洋画史における重要な一歩であり、後世の画家たちに大きな影響を与えたと言えるでしょう。

『裸体婦人像』は、単なる絵画作品としてだけでなく、社会的な出来事と結びついた歴史的な遺産として、今後も語り継がれるべき作品です。

もう一度検索