角前髪

江戸時代、特に武家において、少年期から成年期への移行を示す重要な儀式である元服（げんぷく）が近づいた頃に結われた独特な髪型が「角前髪（すみまえがみ）」です。

当時の多くの少年が髪を頭頂部でまとめて髷（まげ）とし、額に前髪（まえがみ）を下ろしていましたが、角前髪はこれに加えて明確な特徴を持っていました。それは、額の生え際の両側、つまりこめかみ辺りの髪を、小さな鋭角的な形状に剃り上げていた点です。この剃り上げた部分が「角」のように見えることから「角前髪」と呼ばれ、一般的な少年の髪型とは異なる特別な意味合いを持つ髪型として認識されていました。この髪型は、単に特定の結い方を指すだけでなく、その髪型をしている少年そのものを指して「角前髪」と呼ぶ場合もありました。

角前髪が元服直前の時期に限定されていたのは、元服の儀式と深く結びついていたからです。元服の際には、それまで結っていた前髪を剃り落とす、あるいは切り揃えるという重要な通過儀礼が行われました。これは少年時代の象徴であった前髪を取り去ることで、大人の男性として社会的に認められることを意味していました。角前髪は、この「前髪を落とす」という儀礼を控えた少年が結う最後の少年らしい髪型であり、少年期から成年期への橋渡しとしての役割を担っていたと言えます。元服を経て前髪を失った男性は、その後、銀杏髷（いちょうまげ）など、大人としてふさわしいとされる様々な髪型に変わっていきました。

また、角前髪は、当時の文化や文学作品、特に男性間の愛情関係である衆道（しゅどう）を扱った物語の中で象徴的に描かれることがありました。衆道の関係においては、年長の男性と年少の男性（稚児や小姓など）という構図が見られましたが、角前髪を結うような年齢の少年は、稚児としての立場を卒業し、自らが念者（年長の立場）となるか、あるいは新たな年少の相手を見つけるなど、関係性や役割の変化を迎える時期と重なることが多かったのです。そのため、角前髪は、少年期という限られた時間を過ごす儚さや、それに伴う人間関係の変化、そして成長の葛藤などを表現する上で、文学的なモチーフとして重要な意味合いを持っていたと考えられます。単なる髪型に留まらず、その着用者の年齢や社会的な立ち位置、さらには内面的な変化をも示す、文化的に豊かな背景を持つ髪型と言えるでしょう。

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