谷口尚己

谷口尚己：日本のモーターサイクル史に名を刻んだパイオニア

谷口尚己（1936年1月30日-2022年12月4日）は、東京都出身の元オートバイレーサーであり、日本のモータースポーツ史において特筆すべき功績を残した人物です。彼の名は、日本人として初めてロードレース世界選手権でポイントを獲得したライダーとして広く知られています。資料によっては「尚巳」と表記される場合もありますが、本人による自筆は「尚己」です。

ホンダと共に歩んだキャリア

1954年、本田宗一郎の「マン島TTレース優勝」という宣言に刺激を受けた谷口は、ホンダに入社。社員ライダーとしてオートバイ開発に携わり、卓越した技術と鋭い分析力で高く評価されました。社員ライダーとしての活動は多岐に渡り、映画のスタント出演などもこなしていたと言われています。

レース活動では、1955年の第1回浅間火山レースで250ccクラス2位という好成績で頭角を現しました。続く1957年の第2回浅間火山レースでは、350ccクラス3位、250ccクラス6位と、着実に実力を示しました。

マン島TTレース：歴史的快挙

1958年末、ホンダは翌年のマン島TTレース（125ccクラス）への参戦を決定。谷口は選抜メンバーの一員として、この歴史的挑戦に参加することになります。1959年5月、レース直前にマン島入りしたホンダチームは、RC141というDOHC2バルブ2気筒マシンを使用しましたが、現地での走行テストでヨーロッパ勢に太刀打ちできないことが判明しました。

レース直前というギリギリの状況の中、チーム監督の河島喜好は、急遽4バルブヘッドへの交換を決定。3台のRC141はRC142へと改造され、谷口は改良されたマシンを駆り、クリプスコース全長173.6kmのレースに挑みました。そして、1時間34分48秒、平均速度109.9km/hという記録で6位フィニッシュ。6位入賞者にはシルバーレプリカが贈られ、同時にロードレース世界選手権のポイントとして貴重な1点を獲得しました。

これは、日本人ライダー、そして日本製マシンがロードレース世界選手権で初めて獲得したポイントという歴史的快挙でした。谷口以外の日本人ライダー3名も全員完走を果たし、ホンダはチーム賞を受賞しました。同年8月の第3回浅間火山レースでもRC142で一時トップを走りましたが、転倒によりリタイヤとなりました。

ロードレース世界選手権への本格参戦

1960年からは、ホンダがロードレース世界選手権シリーズに本格参戦。谷口は開幕戦のマン島TTを含む前半戦を戦う第一陣のメンバーとして、125ccクラスと250ccクラスに出場し、両クラスで6位入賞を果たしました。しかし、続くダッチTTでクラッシュにより負傷し、戦列を離れることとなりました。この年はホンダにとって、外国人ライダーの負傷や事故死など、アクシデントの多いシーズンでした。

1961年のマン島TTでは、ホンダが用意した新型マシンと旧型マシンの選択権が谷口に与えられました。新型マシンを選択した谷口でしたが、決勝レースでブレーキトラブルに見舞われ、8位に終わりました。一方、250ccクラスでは5位に入賞し、ホンダの1位から5位独占に貢献しました。この年、最終戦アルゼンチンGPにも出場し、125ccクラスで5位に入賞しています。

1962年には、鈴鹿サーキットの落成を記念した第1回全日本ロードレース選手権大会（日本GP）で、50ccクラス5位、125ccクラス3位と活躍し、日本人として唯一表彰台に上がりました。1963年には日本GPが世界選手権最終戦として開催されましたが、谷口は50ccクラスで9位でした。1964年のマン島TTでは50ccクラス6位、日本GPでは50ccクラス3位に入賞しましたが、この年の日本GPの50ccクラスは選手権ポイント対象外でした。

引退後

1960年代半ば以降、日本のメーカーのレース活動は外国人ライダーを起用する傾向が強まり、谷口のグランプリでの活躍は1965年の日本GP（50ccクラス8位）が最後となりました。1967年、ホンダがグランプリからの撤退を決定し、谷口はホンダを退社。同年、シンガポールGPでカワサキの350ccクラスで優勝した後、ロードレースから引退しました。

引退後は横浜市でレストランを開業する一方で、オートバイインストラクターを務めたり、イベントでデモ走行を行うなど、モータースポーツ界との関わりを続けました。

切手への登場とRC142の復元

1998年、マン島郵政公社はホンダ創立50周年を記念した記念切手を発行。1959年のマン島TTでRC142を駆る谷口の姿が43ペンス切手の図案に採用されました。日本人がマン島記念切手のモデルとなったのは谷口が初めてです。2009年には、ホンダのマン島初出場50周年を記念した切手にも再び谷口が登場しています。

2009年には、ホンダGP参戦50周年記念活動の一環として、谷口がマン島TTで駆ったRC142の復元プロジェクトが実施され、当時の図面や写真などを元に忠実に再現されました。復元されたRC142は、谷口自身もテスト走行を行い、MotoGP日本グランプリでデモンストレーション走行を行いました。

谷口尚己の功績は、日本のモーターサイクル史に燦然と輝くものです。彼のパイオニアとしての精神と、ホンダと共に築き上げた歴史は、後世に語り継がれるべきものと言えるでしょう。

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